Voices

“将来はミュージアムのような場所、
作品が持つ力、鑑賞者の体験──
これらの側面に対する視点が横断的に
活かせる仕事ができたらいいですね。” ──峰岸優香

語り手=峰岸優香[東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修士課程在籍]

──国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻を志したきっかけは?

研究科の教授である長谷川祐子さんがキュレーターを務め、2013年に東京都現代美術館で開催された「うさぎスマッシュ展—世界に触れる方法(デザイン)—」が、自分にとってすごく衝撃的な体験でした。もちろん以前から長谷川先生のご活躍は知っていたのですが、「理論を超越した何かが展覧会で起きている」のを目の当たりにして、社会とアートの接点にあるものが鮮烈に飛び込んできたんです。それまでは絵画や彫刻、工芸の世界の中にあった思考が全部、現代美術の中に飛躍していきました。そこから、領域横断型の展覧会をつくるキュレーターの役割や、世界情勢と美術館の関係に目が向くようになって、少しでもこの仕事に近づいてみようと思い、国際芸術創造研究科(GA)の受験にいたります。企画の実践がカリキュラムに組み込まれていることもポイントでした。大学院への進学はもともと考えていましたが、新設の学科ということもあり、これまでの美術や美術館にはなかった、新しい方法を模索してみたかった気持ちもあります。

──入学と領域(キュレーション)を決めた動機は?

私の場合、ここ数年はたぶん、大学にいる時間よりも、ミュージアムにいる時間のほうが圧倒的に長くて。その関わり方は鑑賞者だったり、教育普及や展示企画の視点だったり、ときに案内係だったり……。作品と鑑賞者の間で起きるハレーションのようなものがとてもおもしろくて、ずっと見ていたくなるんです。ミュージアムはいまや完全に自分の軸になっていて、その思考を深めたいという動機がまずひとつ。
ほかには、展覧会を企画・運営していくことはもちろんですが、鑑賞者の身体体験、心理体験を形づくることに興味にありました。「なぜ」「今」この作品を見てほしいのか? そこで見る人が得る価値は何か? そのためには現場で実績を重ねてきたキュレーターの長谷川祐子さん、住友文彦さんのもとで、ミュージアムの機能を問い直す姿勢を学ぶことが必要だと感じました。これまではずっと美術館の中で起きることについて考えていたけれど、アートを取り巻く社会、つまりミュージアムの外側の視点が、自分には圧倒的に足りなかった。そういったものを自分のこれからの仕事の中に取り込み、関係づけていく目を養う必要があるはずだと。展覧会だけでなく、展覧会に関するプロジェクトやアーカイヴをつくったり、コミュニケーションの場所をつくったり、もっと広い意味で「キュレーション」をとらえて、これからの仕事を模索しなければと思っています。

共同企画展「Seize the Uncertain Day──ふたしかなその日」展会場にて、ギャラリートークの様子。担当したアーティストのひとり、弓削真由子さんの作品の前で 2017年3月

──アート/音楽に関心を持ったきっかけは?

家族の影響で、美術館や展覧会には小さい頃から親しみがありました。本物の作品から感じるたくさんの不思議や、展覧会を旅する感覚が忘れられず、「いつかこれをつくる人になりたい!」と思って、そのまま今日まで突っ走ってきたような気がします。10代の頃はずっと絵を描いていて、もうその頃から美術に進まない人生は考えられなかった。また、群馬県の出身なのですが、「桐生再演」や「中之条ビエンナーレ」などのプロジェクトで、現代美術にふれながら幼少期を過ごしてきた体験も大きいですね。

──大学時代はどんな勉強をしてきましたか?

高校生のときは、自分がアーティストになって制作をするのか、学芸員のような研究・企画職を目指すのか、とても迷っていたので、両方の経験ができる大学に入学したんです。大学はデッサンの実技で受験しているんですよ。教育学部の美術専攻で、木彫工芸の作品をつくりながら、美術史や教育学を学びました。作品制作は楽しかったのですが、自分ひとりで展開できることの限界も感じていて。そんなときに出会ったのが博物館学でした。美術館だけでなく、科学館や動物園も視野に入るようになって、もっと広い意味や役割で「ミュージアム」をとらえられるようになった。グループで企画展を開催したり、課題で博物館の構想設計を練ったりしていくうちに、展覧会の「体験をデザインする」おもしろさにのめりこむようになって、本格的に展覧会づくりや美術館に携わる仕事を目指したいなと考えるようになりました。美術館の教育普及課で1年半ほどインターンをさせてもらい、小学校に出張授業に行ったり、子どもたちと一緒に館内を回ったりしたのも良い経験でした。

──大学院ではどんな勉強・研究・実践を行っていますか?

今、調査を進めているテーマは、精神医療と美術の関係について。美術館をはじめとする公共施設が、さまざまなかたちで社会的課題に取り組む例は、各地で増えてきています。文化施設の価値やあり方が問い直されるようになっている。
この何年かにわたって、さまざまな人と美術館の中で出会ううちに「人は情報ではなく感情に共感する」ことを何度も実感しました。知識を得るだけでなく、何かを感受する間(ま)、内省的な場所として、展示室が機能している。
学部の卒業論文では、近代以降のインスタレーション作品における観客の変容について扱いました。初めは作品と行動の関係にフォーカスしていましたが、美術館でのさまざまな活動をとおして、次第に人の心の中に起こることに注目するようになっていきました。作品と人がどうやって関係を結ぶかという興味から、作品体験が人にもたらす効果や、どんな人に届けたいか、と考えるようになりました。
最近は、うつ病のような日常に隣接する精神病理の問題に、美術館がどんな社会的接点を持ちうるか、ということを考えています。

──とりわけ印象深い授業、力を入れている授業はなんですか?

この3月に、授業の演習で「Seize the Uncertain Day──ふたしかなその日」展を共同企画しました。企画のコンセプトづくり、作家・作品選定から、予算の管理や広報といった実務まで、とにかく体当たりで挑戦させてもらえる良い機会だったと思います。「いつか仕事で会いたい!」と目論んでいた作家さんと、こんなに早くご一緒できたことは素直にうれしかったですね。予想以上に多くの反響があったことにも驚き、展覧会が社会的な影響力を持つことについても考えさせられました。
この展覧会は、7人のコ・キュレーターが、ひとりにつき2〜3人のアーティストを担当するという方法で進めていったんです。写真作品が多い展覧会の中で、私は絵画とインスタレーションの作家さんを担当しました。実際に展覧会がオープンしてから、見に来た人に言われたのが「峰岸さんが紹介した作品は、ほかの作品とは鑑賞者との距離が違うね」というコメント。たんなるメディアの問題だけではなくて、身体感覚との関係を考え抜いて選んだ作品だったので、この感想にはすごく手応えを感じました。

共同企画展「Seize the Uncertain Day──ふたしかなその日」展会場にて、ギャラリートークの様子。担当したアーティストのひとり、城戸みゆきさんの作品の前で 2017年3月

──そのほか、とくにがんばって取り組んでいることがあったら教えてください。

「東京都美術館×東京藝術大学とびらプロジェクト」(http://tobira-project.info/)でアシスタントをしています。「とびラー」と呼ばれる約120人のアート・コミュニケーターとともに、さまざまな人に新しい美術館での体験を届けるプロジェクトです。たとえば、美術館での鑑賞にもとづいたワークショップを組み立てて、運営していくような活動です。私としては、日々、美術館の価値を刷新する仕事をしているのだと思っています。初めて美術館に来た人が、目を輝かせながら作品に没入していく瞬間には、いつも感動を覚えます。
「展覧会をつくること」と「鑑賞体験をつくること」は、自分の中では表裏一体をなしていて、展示をつくるときにはまず鑑賞者のことを考えるし、鑑賞体験をデザインするためには作品への理解が欠かせません。
最近では、藝大の他学科・他研究科に在籍する学生と一緒に何かをすることも増えてきました。展覧会の制作や構成に協力したり、ポートフォリオを制作する相談にのったりしています。電気工学や舞台など、違うジャンルを専門とする人と一緒に活動してみて、失敗から学ぶことも多々あります。同年代のアーティストとは共有できる価値観も多い反面、ぶつかることもいろいろです。

企画・構成に協力した東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻ユニット賞展「青白黒 -Black and White and Blue-」の展示風景 東京・杉並区の遊工房アートスペースにて 2017年3月

──将来はどんな進路に進みたいですか? とくにやってみたいことについて聞かせてください。

ミュージアムのような場所、作品が持つ力、鑑賞者の体験──これらの側面に対する視点が横断的に活かせる仕事ができたらいいですね。じつは挑戦してみたい展覧会の企画がたくさんあります。美術館の外でも、まったく新しいところでアートの居場所をつくる仕事も始めたいなと思っています。