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アートマネジメント

熊倉純子

KUMAKURA Sumiko

21世紀において、芸術の役割はどのように変化してゆくのでしょうか?

これまで私は、芸術環境創造分野(音楽研究科音楽文化学)で多くの学生と研究を進めてきました。理論と実践を往還するのが私の研究室の特徴で、現場で学び、内外の理論を学び、経験と考察を修士論文にまとめてゆくなかで、学生個々人のオリジナルな視座を見出してゆくお手伝いをしています。

これまでの修了生たちは、美術、音楽、演劇、ダンス、映像など、ジャンルを問わず、新たなプログラムの開発や、政策提言につながるようなリサーチをおこなって、文化施設や芸術祭などの現場スタッフとして活躍したり、企業や行政に就職したりしています。

アートマネジメント以外の分野を学部で学んだ学生も数多く入学しており、入学後に本学の学部授業で基礎を学べますので、心配は不要です。また、アートマネジメントの研究アプローチの多様性を知るために、他大学とのインターゼミが行われ、異なるアプローチで学ぶ他大の学生たちとの交流も盛んです。

本学は実技を重んじる専門大学ですので、希望者は、私とともに実社会のなかで開催されるアートプロジェクトの現場で、スタッフとして実践的研鑽を積むことも可能です。アートプロジェクトは、アーティストのみならず、行政や企業、市民など多方面との折衝が必要で、大変難しい現場ですが、修了後にどのような芸術現場に携わることになっても、また、企業に就職する場合にも役立つ多くの経験を積むことができると思います。

新研究科では、これまでより飛躍的に国際性が高まります。欧米やアジアとの交流はすでに始まっておりますが、文化施設やアートセンター、プロジェクトや市民活動など、あらゆるレベルで、21世紀の社会における新たな芸術のありかたの模索と、それを促す政策が進んでいます。そうした状況を切り開く、若い力を、世界が求めているのです。

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熊倉純子
パリ第十大学卒、慶應義塾大学大学院修了(美学・美術史)。(社)企業メセナ協議会を経て、東京藝術大学
教授。アートマネジメントの専門人材を育成し、「取手アートプロジェクト」(茨城県)、「アートアクセスあだち―音まち千住の縁」(東京都)など、地域型アートプロジェクトに学生たちと携わりながら、アートと市民社会の関係を模索し、文化政策を提案する。東京都芸術文化評議会文化都市政策部会委員、文化庁文化審議会文化政策部会委員などを歴任。監修書に『アートプロジェクト─芸術と共創する社会』、共編書に『社会とアートのえんむすび1996-2000──つなぎ手たちの実践』(共編)、共著に『「地元」の文化力―地域の未来のつくりかた』など。

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アートマネジメント

箕口一美

MINOGUCHI Kazumi

20世紀は、お金と、それがどう動くのか、どう動かすのかが人々の関心の中心になりました。それは、情けはひとのためならずという素朴なコミュニティ意識も、おてんとさまが見ているよという自然信仰のゆるやかな流れがつくった倫理観も、家族や地域の中で親から子へ手渡されていた生きるスキルと知恵も、すっかり吹っ飛ばしてしまったようです。少なくとも、目に見えないもの、形は定かでなくても確かにあるものに注ぐ眼差しと、かすかな畏れを次の世代に引き継いでいく機能が、身近な人と人との関係性から喪われてしまった危機感を感じています。これは芸術とよばれる人の営為の衰微にも繋がっています。見えないものに目を注ぐ力。アーツの創造者にも、享受者にも、この力が原動力のはず。

これが目の前にある、21世紀の現実だと考えます。地縁も血縁も希薄になって、わたしたちは、何に、どこに、「縁」を見いだしていけばいいのでしょう。アーツ縁?たぶん。

新研究科のアートプロデュース専攻は、ホールや劇場などのアーツセンター運営とそのコアになる創造・企画をバランスさせられる、本当の意味でのディレクターを養成する『ビジネススクール』となるべきだと思っています。

アーツ・マネジメントを志す人は、間違いなく何らかの動機と目的を持っているでしょう。「夢」と言い換えてもいいかも。ここでは、その夢を、醒めれば消える幻ではなく、しっかり目を見開いて実現させる訓練を受けることになります。ですから、ここで学ぶ人には、人と人とをつなぐものの綻びを丁寧に根気強く繕っていく辛抱強さと、その綻びを繕うアーツとアーティストたちへの尊敬と愛情、共感と協働を養ってほしい。同時に、アーツとアーティストを人々につなげる環境を整え、何かを実現させるためのあらゆる知識、技倆、そして知恵と勇気を身につけ、それらを巧みに操る冷静な頭脳を鍛えてほしい。

さて、どうするか、それはこの大学院でタンデムの相棒になる、未だ見ぬ学生たちとの遍歴を通して、追々わかってくるでしょう。ちょうどカザルスホールやサントリーホールが主催公演を持つ私立ホールとして未踏の領域に踏み出したときがそうだったように。

お目にかかるのを楽しみにしています。

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箕口一美
1960年生まれ。87年6月よりカザルスホール企画室・アウフタクトで企画制作にたずさわり、2000年3月まで同ホールプロデューサー。98年より財団法人地域創造『公共ホール音楽活性化事業』にコーディネーターとして参画、地域での芸術普及のさまざまな可能性を、各地のホール担当者、若手演奏家とともに考えて来た。
2001~08年NPOトリトン・アーツ・ネットワークディレクター。08~16年サントリーホール・プログラミングディレクターおよびグローバルプロジェクト・コーディネーター。現在、東京芸術大学大学院国際芸術創造研究科教授。学生や若い研究者たちと、音楽ワークショップ・ファシリテーション開発に取り組んでいる。
訳書:アンジェラ・M・ビーチング著「Beyond Talent 音楽家を成功に導く12章」(2008年・水曜社刊)

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キュレーション

住友文彦

SUMITOMO Fumihiko

研究科の英語名である「グローバル・アーツ」が意味するものは何でしょうか?ここで学ぶことは、グローバル化の痛みと人間中心主義という近代的価値観を乗り越えるアーツの批評的研究と実践です。

芸術(アーツ)は、政治、科学、宗教などと並んで私たちが世界を知り、それに関与するための手段です。しかも、他のどれとも異なり、慣習化された規範や価値に個人の感覚で向き合う点で、それらに抵抗する手段でもあります。感覚的経験によって、未だ見られていない、聴かれていない、触られていない対象を感知するために表現し、あるいは鑑賞する行為です。そして、その実践を通じて、個人が他とは違う感じ方を肯定し、解放され、自由になる手段でもあります。

 

キュレーターの役割は、構造主義以降の批評理論によって芸術家と作品だけでなく、それを取り囲む美術館やコレクターも含め、社会における芸術の役割や機能を自省することを通して少しずつ重視されるようになりました。同時に、ビエンナーレなどの国際展や異文化間の交流が増加し、そこで「翻訳」や「編集」を担うキュレーターの専門性が1980年代以降、注目されるようになりました。

その後、おもに歴史や美学の研究を踏まえた展覧会企画や図録の編集に対して、もっと制作過程や芸術/鑑賞者/社会との間に有機的な関係性を見出す、経験主義的な手法が重視されるようになりました。つまり歴史あるいは同時代を詳しく知り、価値あるものを選び出すだけでなく、ワークショップ/レクチャー/パフォーマンス/ドキュメンテーション/アーカイヴなどの手法を使って、個人の経験から生まれる問いによって既存の知識へ批判を加えていくのです。1990年代以降の脱植民地化や新しいメディア技術による社会変化も大きな要因となって、完結した成果をつくるのではなく、持続する行為としての「キュラトリアル」という呼び名が生まれました。

 

伝統的な学問は、経験的なものは個人的で偶然的であるとみなし、それを超えた論理を探究することを目指してきました。いっぽうで経験を重視するということは、普遍的な原則や体系を構築していくのではなく、知性や意味の形成における価値の多元性を信じ、異なるもの同士の相互作用に注目することです。キュラトリアルとは、科学的研究ではなく、何かを表象-代理することを拒否し、現実を非-知や不一致のなかに見出そうとする実践といえます。さらに言えば、冒頭で触れた「自由」についても、個人を完全に自律した存在として考えるよりも、他者や周囲との関係によって理解するものです。

どんなに私たちの知識や技術が進化しても、世界は知らないことで満ち溢れ、不確実であり続けます。ひとつの答えや正しさとは別の感じ方や考え方に気づき、それを共有する方法を一緒に考えていきましょう。

住友研究室ウェブサイト http://www.sumitomo.geidai.ac.jp/

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住友文彦
キュレーター。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。ICC/NTTインターコミュニケーションセンターや東京都現代美術館の学芸員、アーツ前橋の館長を経て、東京芸術大学大学院教授。NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]共同設立人。主な企画展・国際展に、「ヨコハマ国際映像祭2009」、共同企画展に「メディア・シティ・ソウル2010」、「別府現代芸術フェスティバル2012 混浴温泉世界」、「あいちトリエンナーレ2013」、「境界 高山明+小泉明郎」展など。主な共著に、『21世紀における芸術の役割』、『キュレーターになる!』、共編著に『From Postwar to Postmodern, Art in Japan 1945-1989: Primary Documents』など。

住友文彦略歴業績(researchmap):https://researchmap.jp/fsumitomo

キュレーション

長島確

NAGASHIMA Kaku

アートは孤独な魂が他者と接続するための特殊な技術です。「もの」を作る種類と、「できごと」を作る種類があります。演劇、ダンス、パフォーマンス、演奏などが後者に当たります(イベントやフェスティバルも)。1人で起こすアクションの場合もあれば、異なる専門‧背景の人々が集まって、個人では成しえないような規模の社会的なプロジェクトを生み出すこともあります。この研究室では、ドラマツルギー(ドラマを構成する技術)の視点を軸に、「できごと系」のアートの種類、特性、歴史的‧社会的文脈について研究を行い、また協働‧運営のための実践的な知識を身につけます。

 

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長島確
専門はパフォーミングアーツにおけるドラマツルギー。舞台字幕や上演台本の翻訳から劇場の仕事に関わり始め、やがて演出家や振付家の創作のパートナーであるドラマトゥルクとしてさまざまな舞台芸術の現場に参加。劇場のアイデアやノウハウを劇場外に持ち出すことに興味をもち、アートプロジェクトにも積極的に関わってきました。東京芸術祭FTレーベルプログラムディレクター。著書に『アトレウス家の建て方』他。訳書にベケット『いざ最悪の方へ』、『新訳ベケット戯曲全集』(監修・共訳)など。

キュレーション

鷲田めるろ

WASHIDA Meruro

私の研究室では、芸術と社会に向き合う批評的で同時代的なキュレーションを研究しています。キュレーションの系譜を踏まえつつ、未来のキュレーションを探究します。キュレーターを志す学生を対象に、2023年度は、芸術分野で活躍するゲストを招いた講義や、キュレーションに関する文献の講読演習といった科目を用意しています。また、学生による展覧会企画を支援します。修了後、プロとして活躍するキュレーターの育成が研究室の役割です。

 

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鷲田めるろ
1973年京都市生まれ。東京大学大学院修士修了。専門は美術史学(現代美術)、博物館学。金沢21世紀美術館キュレーターを経て2020年より十和田市現代美術館館長。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館キュレーター。あいちトリエンナーレ2019キュレーター。主な企画に「金沢アートプラットホーム2008」、「イェッペ・ハイン 360°」、「島袋道浩:能登」(以上金沢21世紀美術館)。著書に『キュレーターズノート二〇〇七−二〇二〇』(美学出版)。主な論文に「アートプロジェクトの政治学」(川口幸也編『展示の政治学』水声社)、「鶴来現代美術祭における地域と伝統」(『金沢21世紀美術館研究紀要』5号)。
鷲田めるろ略歴業績(researchmap):https://researchmap.jp/meruro/

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リサーチ

毛利嘉孝

MŌRI Yoshitaka

「危機」の時代に

21世紀に入り、私たちは時代の転換期に立っています。芸術や文化も例外ではありません。グローバリゼーション。政治や経済の変容。テクノロジーの発展。こうした出来事が絡まり合いながら、新しい芸術文化のあり方が生まれつつあります。

もちろん、現状を過度に楽観視することはできません。この新しい時代は、「危機」の時代でもあります。グローバリゼーションにせよ、新しい資本主義にせよ、飛躍的に発展するテクノロジーにせよ、私たちの生活を必ずしも幸せにしてくれるという保証はどこにもありません。芸術や文化、そしてそれを取り巻く人文学社会学な知識もまたこの新しい時代の圧力の下で、厳しい危機に直面しています。けれども、この危機とは、単にすべてが崩壊した行止まりの地点ではありません。イタリアの政治思想家グラムシが指摘しているように、「危機」とは、重層的な状況の中で新しい文化的、政治的、経済的編成を生み出すための批判的/決定的な契機でもあります。

この危機の時代に「知性のペシミズム、意志のオプティズム」の精神で、一緒に新しい芸術や文化のあり方を考える人を私の研究室では求めています。とりわけ、トランスナショナルな視点を持ち、理論から実践まで幅広く領域横断的な研究活動のできる人に来てほしいと私たちは考えています。

私の研究室では、社会学、文化研究・メディア研究を基盤にしながら、芸術と文化の研究と教育を行っています。具体的には、現代美術の社会との関わり、近代化とポスト近代化、現代メディア文化理論、批判的創造産業論、都市文化の変容、社会運動論、アジアの比較文化研究などが研究テーマの例ですが、これ以外にも新しい研究テーマを持ち込みたい人ももちろん大歓迎です。

いずれにしても少人数の教育なので、通常の講義や文献講読と別に学生の研究テーマに合わせて個別の教育プログラムを作っていくことになります。この「危機」の時代の新しい芸術と文化を創造するために一緒に学び、考え、行動する人にぜひ来てほしいと思っています。

毛利研究室ウェブサイト http://mouri.geidai.ac.jp/

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毛利嘉孝
1963年生まれ。社会学者。文化/メディア研究。京都大学経済学部卒。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジPh.D(. 社会学)、MA (メディア&コミュニケーションズ)修了。九州大学を経て現職。特にポピュラー音楽や現代美術、メディアなど現代文化と都市空間の編成や社会運動をテーマに批評活動を行う。主な著書に『文化=政治 グローバリゼーション時代の空間叛乱』、『ストリートの思想 転換期としての1990年代』、『はじめてのDiY』、『増補 ポピュラー音楽と資本主義』、共著に『入門 カルチュラル・スタディーズ』、『実践 カルチュラル・スタディーズ』、『現代思想入門 グローバル時代の「思想地図」はこうなっている!』、『ネグリ、日本と向き合う』など。編著に『アフター・テレビジョン・スタディーズ』など。
毛利嘉孝略歴業績(researchmap):https://researchmap.jp/yoshitakamori/

リサーチ

清水知子

SHIMIZU Tomoko

今日、グローバル化、新自由主義、新型コロナウイルス感染症の世界的流行、そして戦争によって、政治、経済、社会そのもののあり方やその前提は大きく揺らいでいます。こうしたなかで、人文学、芸術文化が果たすべき役割とは何でしょうか。

メディアやテクノロジーの進展は、私たちの生活環境そのものを大きく変え、私たちの世界に対する認識の仕方も大胆な地殻変動をひき起こしています。技術が変われば人間の価値観も変わります。それはときに私たちから言葉を奪い、私たちを思考停止に陥れることもあります。

私はこれまで現代社会におけるメディア環境を中心に、政治と芸術の交錯点について、文化と暴力をめぐる諸問題を考察してきました。転換期にある社会のなかでは、文化を研究する学問の方法論も変わらざるをえません。

皆さんとは、日常生活を取り巻くミクロなスケールから、グローバルな政治を取り巻くマクロなスケールに至るまで、資本主義、人種、ジェンダー、リベラリズム、暴力論、生命科学論の系譜等、多様な領域を横断しながら知見を深め、現代社会における諸問題を問い直していきたいと思います。既存の知識を蓄積するだけでなく、むしろ新たな問いをたて、これまで当たり前だと思ってきた「常識」を別の角度から捉え直すことを目指したいと考えています。

デモクラシーの名の下では、誰もが平等であることが前提とされていますが、現実にはそうなっていません。フランスの哲学者ジャック・ランシエールにならって「一方の対話者が、他方の述べていることを理解していると同時に、理解していない状況」が「不和」であるとすれば、政治が始まるのは、その不平等な分配という事実を浮き彫りにし、あたかも安定しているかのように見える既存のシステムに亀裂を入れるときでしょう。この意味で、芸術とはまさしく政治そのものではないでしょうか。現在にはつねに未来が宿っています。偶然性を楽しみつつ、現代社会の複雑な諸問題を掘り下げ、新たな道を一緒に切り拓いていきましょう。

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清水知子
愛知県生まれ。専門は文化理論、メディア文化論。筑波大学第二学群比較文化学類卒業、英国バーミンガム大学大学院MA(社会学・カルチュラル・スタディーズ)修了、筑波大学大学院博士課程文芸・言語研究科修了。博士(文学)。山梨大学助教授、筑波大学人文社会系准教授を経て現職。米国ハーバード大学ライシャワー日本研究所客員研究員(フルブライト研究員2010−2011)、独ベルリン自由大学客員研究員(2018-2019)。著書に『文化と暴力―揺曳するユニオンジャック』、『ディズニーと動物―王国の魔法をとく』、共訳にジュディス・バトラー『アセンブリ−−行為遂行性・複数性・政治』、『権力の心的な生−−主体化=服従化に関する諸理論』、アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート『叛逆−−マルチチュードの民主主義宣言』、ディヴィッド・ライアン『9・11以後の監視:〈監視社会〉と〈自由〉』(明石書店)など。