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“芸術・文化の分野において
日本と韓国の交流に役立つ仕事に
就きたいと思っています。”
──金奉洙(キム・ボンス)

語り手=金奉洙[東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修士課程在籍]

──国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻を志したきっかけは?

京都造形芸術大学に在籍していた学部のときからずっと、大学院に進学しようと思っていました。私は韓国からの留学生ですが、このように日本の大学で勉強をした経験があり、大学院については、当初は別の国への留学も考えました。しかし、国際芸術創造研究科(GA)のアートプロデュース専攻は、日本国内に限らず、グローバルな研究を行うことが可能な研究科だと思いました。さらに、先生方は各分野において活躍している最高のプロフェッショナルな方々なので、学問的な部分とともにさまざまな実践的なことも含めて学べると思いました。それとともにグローバル社会とも言える今日において、より幅広い視点を持って幅広い世界を経験できることが最大の魅力だと感じています。

──入学と領域(リサーチ)を決めた動機は?

学部のときに学んだキュレーションという分野とは多少違うかもしれませんが、私は現在、リサーチ領域で毛利嘉孝先生のもとで研究をしています。リサーチを志願した理由としては、自分の研究についてたんに芸術の視点からだけではなく、文化政策学、メディア研究、社会学などのさまざまな視点から指導を受け、自らの研究をさらに深化させるために理想的だと考えたからです。

──アート/音楽に関心を持ったきっかけは?

小学生の頃、父と一緒に有田焼の産地である佐賀県の有田を訪れたことがきっかけで、日本の文化や芸術に興味を持つようになりました。人生で初めての日本滞在でしたが、当時、有田では「有田やきものまつり」が開催され、たくさんの人々が集まり、祭りを楽しんでいる風景を見ました。さらに、日本は韓国とは異なり、有田のような小さな町でも多くの美術館やギャラリーなどがあり、工芸作品を展示・保存するとともに、それらに関する祭りがさかんなことにとても驚きました。そこで、日本の文化や芸術をさらに経験したいと思い始め、将来、日本のアートについても勉強したいと思いました。

──大学時代はどんな勉強をしてきましたか?

主に現代芸術論、現代思想、東西美術史などの理論とともにキュレーションを学びました。正直、机の上での理論よりも、実際に現場で見る、聞く、経験することがすごく好きで、学内外でさまざまな活動に参加しました。たとえば、韓国の芸術文化雑誌に日本で行われる芸術・文化に関する事例を紹介する記事を寄稿したり、グループをつくって展覧会を開催したり、文化財団でインターンシップをしながら、さまざまな国際プロジェクトに参加するなどの活動をしました。やはり、学校での理論を理解し、現場で実践することはひじょうに勉強になると同時に貴重な経験にもなったと思います。

──大学院ではどんな勉強・研究・実践を行っていますか?

現在「近代産業遺産をリノベーションした美術館の過去と未来」というテーマで研究しています。19世紀から20世紀まで、世界各地で数多く建設された発電所や工場などの近代産業施設は、産業構造の変化などにより閉鎖されました。すでに歴史的生命を終えた旧来の産業施設はリノベーションされ、文化芸術施設へとつくり直されています。日本もまた例外ではなく、私は、瀬戸内海の犬島にある犬島精錬所美術館を取り上げ、そのリノベーションの哲学や思想を中心に考察しています。

犬島精錬所美術館

──とりわけ印象深い授業、力を入れている授業はなんですか?

「グローバル時代の芸術文化概論」です。略して「グロ論」と言われるこの授業は、グローバルな現代社会において、世界の最前線で活躍しているキュレーターやディレクター、社会学者などの方々をお招きして芸術文化と社会の関係やキュレーションなどについて、毎回英語で行われる授業です。たんに理論的な文脈で終わるのではなく、実際の現場で行われることについての生の声を聴取することで、自分が知らない、さまざまな知識を広められる授業だと思います。
そして、「アーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)」の授業が印象に残ります。去年、9月に韓国で行われた研修旅行で、ソウル国立現代美術館やソウル市立美術館、オルタナティヴ・スペースとともに、光州ビエンナーレ、光州の国立アジア文化殿堂(ACC)を訪問して、キュレーターや関係者のお話を聞きながらアーカイヴや展示を見ることができました。とくに、ドイツのキュレーター、アンセルム・フランケが企画し、国立アジア文化殿堂で行われた「Interrupted Survey: Fractured Modern Mythologies」展がすごく印象的でした。アジアの近代化の過程で形成された多様な姿を追跡し、同時代のアジア人の認識を眺望することに観点を置いた展示でした。ちなみに去年11月のグロ論では、アンセルム・フランケさんの特別授業があって、さらに詳しい話を聞くことができたのも嬉しい偶然でした。
また、こうした場所の視察に加え、ASAPでは、東京とソウルの芸術文化の状況について、ソウル大学の韓国人学生と、GAの1年生を中心とした東京藝術大学の日本人や韓国人、フィリピン人の学生が、それぞれに発表する共同ワークショップもソウル国立大学で行われました。「3331アーツ千代田」などのオルタナティヴ・スペースの紹介から、韓国の高齢化社会におけるアートの役割まで、発表の内容はそれぞれ違いましたが、アートや社会についての考えは共感される部分も多かったと思います。さらには、発表以外にも、ランチ・ミーティングや夕飯の席でのコミュニケーションを通じ、お互いを理解することによって、国と国の間の距離感はいつの間にかなくなり、国境を越えて友情が生まれた時間だったと思います。

韓国・光州、アジア文化殿堂(ACC)内のアーカイヴを視察する国際芸術創造研究科学生たちと熊倉教授、毛利教授 2016年9月
ソウル国立大学で開催された「東京/ソウル・アートリサーチ・ワークショップ」で討議する熊倉教授、毛利教授、パク・ベギュン教授 2016年9月

──そのほか、とくにがんばって取り組んでいることがあったら教えてください。

昨年11月に、東京・四谷の駐日韓国大使館韓国文化院で、日韓学生交流展「Challenge Art in Japan─環状の岸辺」展が開催されました。同級生の宮川緑さん、宮内芽依さんと一緒に企画チームの一員として参加しましたが、東京藝術大学に在籍している日本のアーティスト5人、韓国のアーティスト7人とともに、企画チーム5人が一丸となって参加した展覧会でした。大学院に入って初めて参加した企画展でしたが、国籍や作品のジャンルは違うけれど、藝大で同じくアートを専攻しているという共通点を持つ学生たちの作品がひとつの空間に集まり展示された展覧会でした。また機会が与えられたら、このような展示に参加したいと思います。
また、今年1月に行われた「インターナショナルスペシャリスト・インビテーションプログラム(ISIP)」の一環として、「LANDSCAPE」というテーマで、上野キャンパスの大学会館展示室で開催されたシンポジウムと展覧会に参加しました。この企画は北九州の「GALLERY SOAP」 のディレクター宮川敬一さんや毛利先生、アーティストの佐々木玄さんらによって2011年に設立された、国際的なコラボレーション・プロジェクトのプラットホーム「HOTEL ASIA PROJECT」の一環で、北九州、上海、バンコクなどを巡回した「LANDSCAPE:HOTEL ASIA PROJECT 2016」展と連動した企画でした。日本、中国、タイ、韓国などのアーティストやキュレーターとともに、GAの院生をはじめとする東京藝術大学の院生たちが参加しました。私は、韓国のドキュメンタリー・フォトグラファー、ノ・スンテクさんを展覧会にお招きし、ノさんの作品《息。する。労働。(Landscape of work)》を展示してもらいました。韓国のさまざまな地域で撮影され、非正規労働者が韓国社会でどのように生きて「息をしてきたのか」を記録したこの作品は、ポストカード形式で構成されており、鑑賞者ははがきを手に取って作品を見ていきます。こうした作品を通じて、展示会場を訪れた多くの人々が、日々変化する社会の中に存在しているさまざまな風景や状況と現実を見つめ直すきっかけになったらよいと思いました。

東京・四谷の駐日韓国大使館韓国文化院で開催された日韓学生交流展「Challenge Art in Japan─環状の岸辺」展会場風景 2016年11月
上野キャンパス大学会館展示室で開催された展覧会+シンポジウム「LANDSCAPE」より、ノ・スンテクさんの作品《息。する。労働。(Landscape of work)》展示風景 2017年1月

──将来はどんな進路に進みたいですか? とくにやってみたいことについて聞かせてください。

博士過程に進学してより広く研究したいと思います。現在は、日本国内の事例について研究をしていますが、博士過程では母国韓国の旧産業施設を再活用した文化施設の現況、とくに自然と芸術を結合したミュージアムなどと比較しながら研究をしたいと思います。
その後の進路については悩んでいるところです。今はまだ漠然としていますが、将来、なにかしらの形で日韓両国を文化的につなぐ仕事に携わりたいと思っています。現代社会では政治、社会、経済などの分野以外にも、文化と芸術の役割は国家間の国際関係において、どんどん重要になっていると思います。ですので、芸術・文化の分野において、日本と韓国の交流に役立つ仕事に就きたいと思っています。

火力発電所をリノベーションしたマドリードのアートセンター「カイシャ・フォーラム」にて 2017年2月