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Special Program Report
TUA ASAP / Arts Studies Abroad Program
特別海外研修旅行

川出絵里
「Taipei – Tokyo Art Research Workshop: 東京/台北・アートリサーチ・ワークショップ」報告

東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻、国立台北藝術大学大学院特別交流プログラム

2017年9月7日〜10日開催
会場=国立台北藝術大学および台北市内各所(台湾)

2017年9月10日、台北市内の台北国際芸術村 宝蔵巌(台北アーティスト・ヴィレッジ・トレジャー・ヒル)で行われた、本学および国立台北藝術大学の学生たちと教員たちによる「Taipei - Tokyo Art Research Workshop: 東京/台北・アートリサーチ・ワークショップ」ディスカッション・セッションの記録から Photo: Wataru SHOJI

2017年の夏休みを活かし、9月初旬の5日間にわたって、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻に在籍する修士課程1年生9名と2年生1名、そして音楽環境創造研究科修士課程に学ぶ研修生1名に美術研究科芸術学科修士課程に学ぶ2年生1名、さらに本研究科長の熊倉純子教授、住友文彦准教授、箕口一美講師、川出絵里助教、庄子渉教育研究助手、総勢17人で、本学の国際企画課が実施する「ASAP / Arts Study Abroad Program」の一環として、国立台北藝術大学(Taipei National University of the Arts)との国際交流を主軸とした研修旅行「Taipei-Tokyo Art Research Workshop: 東京/台北・アートリサーチ・ワークショップ」が行われた。

国立台北藝術大学美術学院の敷地内の様子 Photo: Wataru SHOJI
国立台北藝術大学美術学院の前で、本ワークショップ参加者たちの集合記念写真 Photo: Yao-ciou LIN
国立台北藝術大学学長室にて。左から順に、住友准教授、川出助教、箕口講師、熊倉研究科長、陳学長、林副教授、同学の「文化資産興藝術創新博士班(Ph.D. Program in Cultural Heritage and Arts Innovation Studies, TNUA)」助教授でヴィジュアル・アート・エデュケーションやミュージアム・スタディーズを専門とする吳岱融(ウー・ダイロン WU Dai-Rong)女史 Photo: Wataru SHOJI
台北市内北部の山の上にある国立台北藝術大学は広大な敷地に広がる。敷地内に貼り出されたキャンパスマップ Photo: Wataru SHOJI

立台北藝術大学からの支援もいただき、参加学生たちは同大キャンパス内のゲストハウスに宿泊。まずは本学からの参加メンバーで初日の夜に、台北市内中心部にて現地集合しミーティング。翌8日は、朝から国立台北藝術大学を訪問。住友准教授が、同学が擁する関渡美術館に招聘され幾度か訪問を繰り返すうちに親交をもった、同学美術学院の主任であり国際部門ディレクター、そしてキュレーターとしても活動する林宏璋(リン・ホンジョン LIN Hongjon)副教授に迎えられ、イントロダクション・セッションを開始。同院にてアートの制作や音楽の実践と併行して現代の芸術をとりまく理論も学ぶコースに在籍する学生たちを中心に、台北市内の大学・大学院に学ぶ学生たち、本学の学生たち、そして日・台の教員たちが集い、自己紹介を兼ねたセルフ・プレゼンテーションをおのおのが行った。その後、関渡美術館を見学。学内でのランチを挟み、午後は、教員メンバーは、同学の学長でアーティストとしても活躍する陳愷璜(チェン・カイフアン CHEN Kai-Huang)教授を訪ねて親交を深めた。

国立台北藝術大学美術学院内で、初日のイントロダクション・セッション中の記録から Photo: Wataru SHOJI

方からは、この交流ワークショップ・プログラムに参加する台湾と日本のメンバーみなで、市内中心部の「平和公園」や「ニニ八記念館」など、日本政府による植民地支配時代とその後のポストコロニアリズムの時代、中国大陸との複雑な関係性の歴史など、多層的な記憶が織り重なり今日まで継承されている場所を訪問。そして、亜熱帯を感じさせる雨の中、市内のアート・スペースを巡り、その後、台北当代芸術館(Taipei Museum of Contemporary Art)でのLGBTQ(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender, Queer)にフォーカスを当てた画期的な企画展の内覧会へ。多種多彩なコンテンポラリー・アートの作品が並ぶ空間を満喫した。

台北市内の地下鉄構内で、台北藝大の学生が周辺の地図を指示しながら、平和公園付近の都市計画の歴史や現状について説明してくれている様子 Photo: Wataru SHOJI
市内中心部にあるニニ八記念館にて Photo: Wataru SHOJI
市内中心部にあるオルタナティヴ・アート・スペース「台北当代藝術中心 Taipei Contemporary Art Center」を見学 Photo: Eri KAWADE
台北当代藝術中心のサイン Photo: Eri KAWADE
台北当代芸術館で開幕したLGBTQにフォーカスした企画展「光‧合作用-亞洲當代藝術同志議題展 Spectrosynthesis - Asian LGBTQ Issues and Art Now」の内覧会を訪問 Photo: Wataru SHOJI
台北当代芸術館にて。エントランス前の屋外に設置された「光‧合作用」展出品作の一作。鑑賞者が自由にスクラッチして落書きを描くことができる作品 Photo: Eri KAWADE

3日目は台北市立美術館(Taipei Fine Arts Museum)を視察後、午後は、中正紀念堂至近に位置し、コンサート・ホールとシアター・ホールを擁し、オペラやバレエ、ミュージカル、演劇、交響楽から伝統音楽まで、さまざまな公演を開催する総合芸術文化施設、国家両庁院(National Theater & Concert Hall)を訪れ、総監督、李恵美(リー・ホイメイ)氏から同院のプログラムや歴史について貴重なお話を伺った。その後は市内のアート・スペース巡りへ。

台北市立美術館外観 Photo: Wataru SHOJI
国家両庁院外観 Photo: Wataru SHOJI
台北市立美術館にて展覧会を鑑賞する学生たちの様子 Photo: Wataru SHOJI
2点とも......国家両庁院にて。天井の豪奢なシャンデリアが圧巻 Photo: Eri KAWADE
国家両庁院にて Photo: Wataru SHOJI

4日目の午前中はフリータイムを活かし、市内の美術館やギャラリー、音楽関係のスポットを訪問。午後は、アーティスト・イン・レジデンスも併設するオルタナティヴ・アート・スペース「台北国際芸術村 宝蔵巌(Treasure Hill, Taipei Artist Village)」の一棟を借りて、日・台の学生たちによるディスカッション「現代の台北に残る植民地主義の歴史と芸術文化、ミュージアム、モニュメントをめぐって」を開催。3つのグループに分かれて、それぞれに英語でお互いの国の歴史や社会、文化、芸術に関するさまざまな疑問を投げかけ合い、自分なりの意見や説明を行い、最後は各グループの代表者が、その場に出席した全員に向けて、そのグループで話し合われた事柄を紹介して共有。熱気と集中力溢れる濃密な2時間半が経過した。その後、みなで近隣のアート・スペースを訪れたあと、夕食をともにし、その後はとりどりに書店やカフェを訪れ、充実した夜は更けていった。翌日は現地で自由行動に赴く者、岐路につく者、それぞれの研修旅行は終了した。

市内中心部にある台北国際芸術村本館にて開催されていたアート・フェスティヴァルのエントランス風景
Photo: Eri KAWADE

プログラムを主導したひとり、住友准教授は、今回の研修旅行を振り返ってこのように語っている。

「学生たちが将来の目的が似通った国外の同世代の学生たちと交流することで、視野が広がる貴重な経験をもつことができたと思う」「台湾では、自国の歴史や社会問題を取りあげる美術家やキュレーターが増えており、平和公園やニニ八記念館の訪問、あるいは台北市美術館や台北市現代美術館などを訪問することで、その背景にどのような近代以降の歴史があるのかに触れる機会をもてたことは、日本の若い学生たちにとってもひじょうに有意義だったと感じている。歴史や文化の違いが、現代の芸術にどのような影響をもたらすのかについて考えることで、参加者それぞれの国際感覚が醸成されるきっかけになったのではないかと感じている」「台北市内のさまざまな美術や音楽の活動拠点、オルタナティヴなアートの拠点、日本と異なる都市の成り立ちに触れることで、台北の社会において芸術がおかれている位置づけを、自国のそれと比較検討する好機になったのではないか」「こうした経験を踏まえて、グループ・ディスカッションでは活発な議論が交わされ、学生相互の親善や学際的な教育のための国際交流事業の意義を確認できたと考えている」。

2016年9月のソウル国立大学との交流企画同様、今年度のASAPもたいへん貴重な経験と時間にあふれた研修旅行となった。帰国後、学生たちが本学に提出した体験記のなかでも、それぞれのユニークな見解が語られていた。

「この研修旅行をとおして、ふだんは顕在化することが少ないものの、つねに存在している『近い他者』に対しての思考や対話の重要性に、あらためて気がつくことができたように思う。それはすなわち、過去の日本と台湾の関係性、今日的な日本と台湾を含む他のアジア諸国との関係性をとらえなおすことであり、同時に、『アジア』というひとつの地理的な総称でくくられ、距離的にも決して遠くない台湾という地域と日本とは、さまざまな面で『近い』、だが決して『同じ』ではないという意識に思いを馳せる契機の重要性だともいえる。
加えて、『それぞれの立場から、コロニアリズムやポストコロニアリズムについて、何を語ることができるのか』という問いを、自分の中に突き付けられる経験でもあった。ディスカッションでは、同世代の学生同士、お互いのもっている文脈や背景を踏まえつつ、上の世代の体験、これからの話など、少しずつではあるが、丁寧に対話を交わすことができたと思う。また、現地の学生たちとの交流を通じて、短期間の研修の中でも、台湾に暮らす市井の人々の様子を垣間見ることができた。日々の生活の中から感じとれることは少なくない。」

「ディスカッション中に、台湾の人々のアイデンティティについて話を聴く機会があった。西洋諸国からの植民地支配が終わった後は、50年近くにわたる日本による支配を経験し、中華民国の創設へと続いてきた台湾の政治的、社会的情勢によって、人々のアイデンティティというのがどのように変化してきたのか、以前からとても興味深く感じていたが、さまざまな文化の狭間にあって、今日では、自らのルーツを探し求めたいという欲求以上に、そうした複数の文化や歴史的背景が『混ざり合った状態こそが台湾だ』『アイデンティティ=「台湾」だ』という意識が、若者を中心に定着している、と言われたとき、台湾がアジア初の同性婚合法化を成し遂げたことの背景に、豊かな多文化共生の土壌と寛大さのあり方を垣間見た気がした。」

「同姓婚の合法化、脱原発への取り組みなどを通じて、台湾はアジアでいちばん進んだ土地だというイメージを漠然ともっていた。それは、欧米に追従しているという意味ではなく、マイノリティを慮り、全体のために損得勘定を抜きにした決断をできるという意味においてだ。けれども、今回の研修旅行で台湾を訪れた際に、そんな国が一種のナショナリスティックな、あるいは、民族的な要請の形成から未だ完全には自由でないように見える経験もあり、不思議だった。
もっとも強くそう感じたのは、台北当代芸術館(台北MOCA)で、台湾の同姓婚合法化を記念した、アジアのLGBTQのアーティストたちを紹介した展覧会を見たときだ。美術館というパブリックなインスティテューションにおいて、マイノリティを可視化し、マジョリティの中に位置づけようとする試み自体、危険をはらむものではあるが、マイノリティが理解されるためには必要なものでもある。その点においては評価できた。しかし、LGBTQというデリケートな問題を使い、『アジア』を銘打ちながらも、大半が中華圏のアーティストたちの紹介にとどまっていたことが残念だった。
台湾の人は、とても優しく聡明な人が多いと感じる。このような土地において、『自国』の価値づけに専念する時代はもう脱することが可能なのではないか。いま一度、『アジア』というくくりを、台湾のみならず、まずは東アジアまで広げて、そこに住む私たちは、お互いの文化や関係性についてとらえなおしてみるべきではないか。アイデンティティは、国や土地や民族や性的嗜好の因習の垣根を超えて、揺らぎ続ける。それを認めることこそが、私たちの生き方をより豊かにすると考えている。」

「今回の研修旅行でもっとも印象的だったのは、最終日に行った台北藝大の学生たちとのディスカッションだ。アートとポストコロニアルな歴史との関連性をテーマに、それぞれの立場や経験を共有しながら『キュレーション』の役割を考えることができたからである。
台湾側の学生のひとりは、『台湾人であるということはどういうことなのか』を、台湾の若い同世代の人々とともに問い直す場を創ろうとしていた。日本に植民地化され、その過程で近代化を受容した時代を生きた世代は、こうした問いに答えるように、台湾人としてのアイデンティティを保ち続けなければならなかった。他方で、その時代を知らないより若い世代は、こうした問いに向き合う必要性を見落としがちである。しかし、ポストコロニアルな歴史を見直して、それを乗り越えようとする若い世代の努力が、台湾人としての考えの基盤や歴史を、刷新し再構築していくのではないか。このような考え方や方法論は、西洋が定めた枠組みに限定されない、新しいアート実践の創造にも応用できるのではないかと思った。
もうひとりの学生が実践しようとしていた、社会的なマイノリティがアートに参加するための活動も、今後の『キュレーション』を考えるうえで見習うべきものだった。台北MOCAのLGBTQをテーマにした展覧会のような革新的な企画展を日本で開催するためには、まだ相当な時間がかかるかもしれない。しかし、美術館など大きな展示場を含むアート・シーンを、あらゆる人々にとって、中立的で開かれた場としてつくりあげることを意識して、実践を試みるのとなにもしないのとでは、文化が形成されていく過程もその結果も、大きく異なるように感じている。」

「『美術館はどうあるべきか』。これは国立台北藝術大学の学生たちとのディスカッションで話し合った内容のひとつだ。同地の生徒たちは、台湾における日本の統治時代についてのプロジェクトを企画している人が多かった。東南アジアのアーティストやキュレーターたちにも、自国の状況やアクティヴィズムにもとづいた企画を行う人が多く見られるが、台湾も同様の状況にあるように感じた。私たち、日本側の学生たちと比べても、政治的な内容を研究の課題としてとりあげる人がより多く、リベラルな印象である。私たちがディスカッションをした台湾人の学生のうちのひとりは、日本統治時代における『嘘』のストーリーを、昔の日本家屋を舞台に、3人の学生たちが話し続けるというプロジェクトを行った人がいた。そこで、なぜそうしたプロジェクトを美術館で行わないのかという質問が提起された。私には、美術館のような歴史性のないホワイトキューブでプロジェクトを行うと、作品の意味が損失してしまう可能性があるように思えたが、実際、プロジェクトを行った学生も、同じような考えであった。そしてそこでさらにもうひとつの問題が、提起された。美術館で政治的な内容のプロジェクトを行うということは、突き詰めてみればどういう意味をもつのだろうか、と。ひとつの答えが出るような問題ではないが、特定の政治的志向に傾くような展示は、果たして美術館において可能なのか。台湾と比べると、日本はまだそこまで自由ではないように思う。実際、現地では、LGBTQの展示のオープニング・パーティに、日本では考えられないほどの数の人々が押し寄せていた。ひとつの答えに到達する問いかけではないが、だからこそ、各国の人たちとのディスカッションを重ねていくしかない。今回はその点で、ひじょうに有意義な時間をもてた滞在だったと思う。」

「私は中国・南京の出身だが、今回のワークショップに参加することを決めるまで、それほど台湾の文化や芸術に触れる機会も強い関心ももったことはなかった。そこで事前準備として、中国語で出版されている2冊の書籍『台湾当代芸術特紀』と『ヴェネツィア・ビエンナーレ台湾館回顧:1995-2007』を読むことにした。同ビエンナーレ国際美術展の国別部門に参加する各国・地域のパヴィリオンが掲げるテーマは、その国・地域における時代を反映した思想をとりいれる傾向があるという。こうして台湾のアート・シーンに興味をもちはじめ、今回のワークショップのディスカッションでは、台北藝術大学の若いアーティストやキュレーターの卵たちに質問して、ここ30年ほどのあいだに台湾で開催された主要な展覧会のテーマの流れについて聴くことができた。台湾は、多民族地域であり、旧植民地でもある。そして中国の大陸地域からの移住者も多かった。国共内戦に敗れ、中国大陸から台湾への移転を余儀なくされた国民党率いる中華民国政府が発令し、1948年から87年まで、じつに38年間も続いた戒厳令の時代には、集会や結社、言論、出版の自由は厳しく制限され、政権に批判的な出版物の流通は禁じられ、市民の逮捕・投獄が相次ぐ「白色テロ」が横行し、民主化を求める人々とのあいだにさまざまな抗争が続いた。この戒厳令の解除以来、多様な文化が混在する台湾では、自分たちのアイデンティティに関する議論はたえず繰り返されてきた。89年以降の世界的な時代傾向とも通じるが、90年代には、とりわけアイデンティティへの探究や原住民族のおかれた状況などは、美術展の主要なテーマとなっていったという。その後、2000年代に入るとより国際的な関心が高まり、2010年代以降は、環境問題、世界各地での紛争、性的マイノリティなど幅広い問題を扱う美術展が増えていったという。
また、国家両庁院で総監督の陳恵美さんのお聞きしたときには、いまの台湾では、演劇公演と音楽コンサートの観客のおよそ7割を、若い女性が占めていると聞き、同じ中華圏だからだろうか、中国の大陸地域とほぼ同じ状況にあると感じた。年長世代の積み重ねてきた経済的努力により、いまの若い世代は芸術を享受する経済的余裕をもち、以前からは格段に豊かになった芸術教育を受けてきた。そうした歴史の推移も現在の観客層のありように影響しているのだろう。若い女性たちが主体となって、観客の需要を正確に把握することは、さらに幅広いオーディエンスを育成するという課題の核心にある問題だと思う。」

「今回の研修旅行では、たくさんの美術館や文化施設に行き、いろいろな勉強ができた。いちばん記憶に残ったのは台北当代芸術館(Taipei Museum of Contemporary Art)の展示である。今年の5月24日、台湾の司法最高機関に当たる司法院大法官会議は『同性同士での結婚を認めない民法は憲法に反する』という判断を下した。その後、台湾国内外でさまざまな反響や議論を呼んだ。今回の台北MOCAでの「光•合作用──アジア当代同志議題展」は、アジアで初LGBTQにフォーカスした展示である。キュレーターはこのような展覧会をとおして、社会の中に多様な対話の機会を構築しながら、人と人とのあいだの関係をより近しくすることを望んでいるのではないかと感じた。
自分とまったく異なるイデオロギーをもつ人々に対して、人は、きちんと受け入れない態度を示しがちだ。人は、未知のこと、自分の考え方や生き方が変わることを恐れるものだ。しかし、自分とまったく完全なほどに同一の考えをもつ人間など、この世に存在しない。他者に自分の考えを認めてもらいたければ、まず、他者の考えを認めるよう歩み寄るべきだ。そのためにも、相互コミュニケーションや交流イベントは不可欠である。アジアでは、一般的にいって、LGBTQに対する認可度は欧米より低い。この企画展は、より多くの人々に対して、LGBTQは『特殊』な人間ではなく、私たちと同じ、ふつうの人間だと認識するためのチャンスを提供している。芸術という手段を用いて、世の中に異なる考えや可能性を提示することを通じて、人々の考えも、徐々に変わっていくかもしれない。
また、国家両庁院訪問もたいへん実りあるものだった。今年、両庁院は開院30周年を迎え、さまざまなイベントが行われている。「両庁院超展開」という展示セクションでは、ふだん来院者の目に触れることのないコンサート・ホールとシアターの構造を、裏方の視角から見せる企画が行われていた。観客にとって、貴重な体験になると感じた。」

「私は伝統芸能に関心をもっており、今日私たちが聴く『伝統音楽』と称されるものが、本当に『伝統』というものなのか否かという問いにこだわってきた。台湾はさまざまな国から植民地支配を受け、さまざまな文化が入り混じった場所だ。以前、国家両庁院の中にある国立音楽ホール『国家音楽庁』でクラシック音楽の演奏会を聴いたとき、日本人がクラシック音楽を聴くことはなんとなく見慣れた光景だが、同じアジア人がもともと自国の文化ではない西洋由来のクラシック音楽を聴き感動している様子を見て、不思議な違和感を感じた。伝統芸能が人々に親しまれず、自国の文化が忘れられ、西洋の文化が自国の文化であるように感じられてしまう、そのようないまの日本に似た状況に至るのではないかという危惧を覚えた。カンボジアでは、クメール・ルージュの時代以後、西洋人がカンボジアの伝統音楽を継承させるプログラミングを手伝ったことから、音が五線譜に落とし込まれ、西洋の音階で伝統芸能が継承されている。西洋のスタイルに転化されることによって、その伝統芸能が本来もっていた持ち味の一部は失われてしまったのではないか。今日の情報化社会では、世界中のさまざまな文化とつながることが可能であり、そうしたさまざまなものがミックスして、新しいなにかを生み出すことも重要だ。しかし、アジアの国々は、何をもっとも優先し、守っていくべきなのか。自分固有の文化の内にしかもちえないものとは、いったいなんなのか。こうした問いを考えたうえで、伝統芸能のマネジメントを行うことが重要だと思う。
音楽は文学者の岡田暁生が語るとおり、『曖昧』な芸術で、誰とともに聴くか、どのような状況で聴くか、そのコンディションによって聴く人の感じ方も変わってくるものだ。海外に行くと、文化がどのように需要されているかを、日本にいるときとはまた違った視点でとらえなおすことができる。今回出会った人々とのつながりを大切にし、日本国内のフィールドのみにこだわるのではなく、よりグローバルで大きな視野をもって、研究活動に励みたいと感じた。」

「私がいちばん興味深く感じたのは、台北の学生たちと一緒に行ったディスカッションである。日本と台湾(そして西洋)の『難しい歴史』があるからこそ、台湾と日本(と西洋)の間の交流やディスカッションはひじょうに大切だと感じた。日本も台湾も、西洋の圧力のもと近代化に急ぎ、西洋の思想家やキュレーターたちの言説に注目し、それらを取り入れてきた歴史をもつ点では共通している。しかしこれからの時代には、台湾も日本もともに、その地に特有な独自の考え方、事象の分析を、より世界に向けて発信していけることにおもしろさと可能性があると、私は考えている。お互い共通する部分をもちながらも、それぞれの国のオリジナルでヴァナキュラーな個性をさらに対比し意見を交わすためのシンポジウムなどを今後開催していければ、より深く実りある関係を築くことができると思う。学生同士の間でも、将来の計画を立て継続していけることが理想的だ。
私たち、国際芸術創造研究科の学生は、こういった交流を、さらに積極的に行っていくべきだ、こうした交流の中心的役割を果たしていけるとよいと、強く感じている。多くの異なるアイディアやコンセプト、情報のネットワークをつなげて広げていくことが不可欠だと強く感じた。」

じょうに興味深い意見が数多く見られたが、驚いたのは、体験記を書いた本専攻修士課程1年生9人のうちの多くが、台湾の学生たちとのディスカッションの体験、そして台湾における文化とアイデンティティの多様性への意識の喚起、性的マイノリティの問題の共有を、この研修旅行で得た体験のなかでも、とりわけ有意義なものととらえていることだ。いまやアジア随一ともいわれる、台湾の「成熟したデモクラシー」の姿、ディスカッションに参加したある台湾人学生の言葉を借りれば、「つねに植民地時代の抑圧やその後も続く圧制への危機感に抗おうと闘ってきた歴史」のコンテクストから生み出される、個々人の自由への高い配慮と、文化的・社会的多様性を受け入れる寛容さ。それらを信じ守ってきた固有の歴史。その力強さを、肌で実感することができたワークショップ旅行であった。

文=川出絵里[東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻助教]

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5点とも……グループ・ディスカッションで話し合われた事柄を書き出したホワイトボードの記録から 

Photo: Eri KAWADE