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Report
文=狩野 愛
Arts Studies Abroad Program|海外研修旅行
Gangneung- Tokyo- Taipei Art Research Workshop: 江陵-東京-台北・アートリサーチ・ワークショップ

江陵は韓国・ソウルから高速バスで3時間ほどの都市。2018年の平昌オリンピックの会場としても有名。写真は日本海を臨む鏡浦海水浴場。

日程=2019年9月18日〜22日
会場=江陵グリーン都市センターほか(韓国)
参加=東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻、韓国芸術総合学校(K-ARTS)、国立台北藝術大学大学院、カトリック関東大学

2019年9月、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻に在籍する修士課程を中心に学生と教員合わせて24名がアーツスタディ・アブロードプログラム(Arts-Study Abroad Program, 以下ASAP)に参加した。ASAPは、2016年光洲・ソウルを皮切りに、2017年に台北、2018年に上海、今回で3回目の開催となった。本プログラムの目的は、東アジアを横断しながら展覧会やアートプロジェクト、コンサート企画、調査研究等を行いながら実践的に国際プロジェクトを立ち上げることのできる人材を育成することを目的としている。

今年度は、韓国を代表する国立の総合芸術大学であるK-ARTS(韓国総合芸術大学)と、一昨年に共同ワークショップを行った国立台北藝術大学と提携して、国際交流プログラムを行った。東京藝術大学からは、熊倉研究科長、毛利教授、住友教授と修士と博士の院生を合わせて24名、韓国芸術総合学校(K-Arts)からは副学長キム・ギョンギュン(Kim Kyoung Kyun)教授、ぺ・スンホ(SungHo Bae)准教授と院生12名、台北国立芸術大学大学院からは博士課程を含め5名、江陵市の地元の大学であるカトリック関東大学からも、コンピューターグラフィックを学ぶ学部生が27名参加し、4大学で合計68名が参加し、これまでで最も大きなプログラムとなった。

参加学生は滞在中、共同でフィールドワークやワークショップに取り組み、成果発表を行った。この活動を通じて、韓国の文化芸術シーンや歴史、企画立案の方法を学び、今後の研究や実践に役立てることが期待されている。今回、ASAPに先立って、韓国美術史の基本的な知識を得てから学生が参加できるように9月16日にGA講義室でプレワークショップを行った。このプレワークショップでは、韓国の民衆美術を研究されている古川美佳氏を招聘した。古川氏には、18世紀以降の韓国の近代幕開けから、日本の植民統治解放後まで、西洋美術、現代美術。民衆美術が社会的変化と相互にリンクして展開されていく歴史についてご講義いただいた。学生は、アートマネージメント、リサーチ、キュレーションと多様な関心を持つため、日本でも頻繁に議論に上がる「平和の少女像」を含む韓国美術の予備知識は大変有意義で、質疑応答も盛んだった。

今回ASAPで訪れた都市は、韓国の江原道東部にある美しいビーチが連なる江陵である。江陵市は、2018年の平昌オリンピックの開催都市で、コーヒーや豆腐、海産物で有名な地域である一方、高齢化と若者の流出が地域の課題になっている。本プログラムのテーマは、スケジュールや運営を一手に引き受けてくださったK―ArtsのKim Kyoung Kyun教授が、数年前に江陵市に生活拠点を移して江陵市の行政に関わってきた経緯から、「江陵市のジェントリフィケーション」となった。

滞在した江陵グリーン都市センター。今回のプログラムでは、市内での移動や食事など江陵市からの協力もいただいた。

私たちは、平昌オリンピック施設のひとつ、江陵グリーン都市センターに4泊滞在した。到着初日には、江陵市の市長が提供して下さった食事で歓待を受けて懇親会を行った。2日目は、しばしば韓国のテレビドラマのロケ地にもなっているという美しいビーチや、朝鮮時代の貴族階級の邸宅だった「船橋荘」という歴史的な文化施設を訪れた。その後、今回の江陵市のジェントリフィケーションの対象になっている、以下3つの文化施設を見学した。

1. Gore Book Store
駅やショッピングモールに近い本屋兼カフェの3階にあるスペース、Gore Book Store。今回のワークショップや準備の作業は、主にこの場所が使われた。1階には本屋と雑貨屋に併設されたカフェがあり、焼きたてのパンやコーヒーも売っている。3階は写真にあるように、各種イベントに使えるスペースで、今回のようなワークショップのような使い方ができる。今回のジェントリフィケーションのプログラムでは、本屋の3階スペースの活用を考えるというものだった。

1階のスペースで、英語や韓国語、中国語、日本語などを交えてディスカッションする様子。

 

3Fはフリースペースとなっており、今回のワークショップの拠点となった。

2. 米倉庫
日本の占領期に米倉庫として使われた倉庫で、現在は閉まっていて、活用されていない。周囲にはお洒落な個人経営のカフェやレストランがある。

3つ並んだ屋根が特徴的な米倉庫の外観。

 

倉庫の中の様子。

3. トンネル
日本占領期に作られたトンネルで、既に綺麗に舗装されている。このトンネルが整備されたことで、隣村の住民が山を迂回せずに往来できるようになった。キム先生によると、今後さらに文化的なポイントとして活用したいとのことだった。

トンネル内部の様子。朝鮮戦争中には悲惨の事件が起こったが、地元の人は通勤や通学に使っている。

以上3つのスペースを全員で確認し、各大学が混ざって六つのグループに分かれてリサーチを開始した。二日目の最後に各グループの課題についての中間発表を行い、夜は江陵グリーンセンターのコンベンションルームで各大学の先生と台湾の院生によるプレゼンテーションがあった。三日目は各グループに分かれて、終日フィールドワークをした。四日目は、最終成果の発表会を江陵グリーン都市センターで行い、江陵市の都市開発に関わる職員をはじめステークホルダーが参加して発表を聞き、フィードバックを行った。

ポスターを使って中間発表を行った。

ここからは、参加したGAの学生の感想をいくつか紹介したい。まず、ほぼ一人残らず学生から語られたのが、コミュニケーションについてである。芸大の参加者は、韓国語、日本語、英語、中国語のいずれか、あるいは複数の言語が堪能な人が多く、通訳する機会が多かった。韓国語、中国語、英語、日本語話者が混ざるコミュニケーションに、参加者全員が、最終発表では各グループがプレゼン資料や発表言語について工夫を凝らし個性が出た。

「このプログラムの中で最も印象に残っているのは、言葉の壁がある中、なんとかディスカッションを進めながら発表にたどりついたことです」

「日本と韓国、地方と都会で生きてきた私にとって、そのどちらの言い分も共感できるものであったが、通訳をしながら各々の意見が空中分解を繰り返すだけだった。それぞれの主張を通訳する作業を連日繰り返すうちに、議論が進まない原因は言語ではなく、いかに他者の声に耳を傾けようと心がけるかにあると痛感した。」

このコメントのように、参加者にとって、言語が重要であることを前提とした上で、それだけでは超えることのできないコミュニケーションの壁の越え方を考える機会になった。また、国際的なグループだからこそ出てきた話題も多くあったようだ。

英語や日本語、韓国語など多様な言語で書き込まれた発表資料。

「私たちのチームはそれぞれの自国で行われている地域開発の例等を話し合いました。各国の異なる社会情勢を理解し合う良い機会になりました。」

日・中・台・韓・シンガポール、マレーシアの学生の多様性のため、都市(郊外)開発の功罪について、さまざまなケース・スタディがあったことだろう。

そしてフィールドワークの二つ目の課題が、地域の基本的な情報の提供が不足していたことだった。これは、参加者が、三つある場所から一つを選び活用方法を具体的に提出するという課題をこなす上で、大きなネックになったようだ。

「今回の議論の場に、「地元の人」がいなかったことに一番の難しさを感じた。実際は江陵市の大学に通う学生が四人いたのだが、全員が市外出身で、江陵にあまり愛着を持っていない上、卒業後は絶対に外に出ると断言していたので、今後現地で何かを担う可能性のある「地元の人」とは言えない状況であった。そうした条件の中で、「よそ者」の我々が、今後行動を起こす主体が地元の人になるであろう現地の文化事業について考えるのはかなり虚しいものがあり、ここの人たちが何を望んでいるのか、ということをもっと聞きたいと強く感じた。」

この意見のように、今回の合同グループの地元の学生ですら江陵市に当事者として関わっていないという当事者性と基礎データ不足から、いくつかのグループは、市場等で地元住民に直接インタビューを行い、情報収集した。

最終発表には地元から江陵市の職員らも集まった。

 

発表では短い準備時間にもかかわらず、写真やダイヤグラムだけでなく、映像作品などにまとめるグループもあった。

最後の発表では、地域のコミュニティセンター、アートスペース、レストラン、映画祭などフィールドワークに基づいた案が提出され、映像作品を作って説明するグループもあった。市の担当者や地元大学の先生からも「言語的に困難なコミュニケーションにもかかわらず、次々と豊かで新鮮な提案があった」とフィードバックを受けることができた。

参加した台湾国立藝術大学の王德瑜(Wang Te-Yu)教授からのフィードバックをもらった。

帰国後、学生は今回のプログラムの成果報告書を提出したが、それぞれの研究や実践活動をトランスナショナルな文脈で位置づけなおす機会になっただろうか。参加者一人ひとりにとって今後に役立つ研修になったことを願いたい。


文=狩野 愛(Ai Kano)
写真=庄子渉(Wataru Shoji), イ・ダヨン(DaYeong Lee)