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In Depth

Special Lecture Report
鉢村優

特別講義:グローバル時代の芸術文化概論
マイケル・スペンサー
「Sound Thinking: 音楽から世界を見てみたら」
ワークショップレポート part1

東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科主催レクチャー

2017年10月8日開催
会場=東京藝術大学 千住キャンパス 第7ホール

GA1年生必修科目「グローバル時代の芸術文化概論」にて、ヴァイオリニスト(元ロンドン交響楽団)であり、エデュケーター、ファシリテーターのマイケル・スペンサー氏をお招きして、特別ワークショップ型授業「Sound Thinking: 音楽から世界を見てみたら」が開催されました。

 

PART 1: 音楽×美術のワークショップとリフレクション
日時:2017年10月8日(日) 13:00〜17:30
場所:東京藝術大学 千住キャンパス 第7ホール
*授業は全篇英語、一部日本語を交えて実施

 
 

千住キャンパス第7ホールに集まった21人の参加者たち。GAの学生はもちろんのこと、社会人や外部研究者の参加も目立ちます。まずマイケル・スペンサー講師(以下スペンサー氏)の自己紹介から始まります。ロンドン交響楽団でヴァイオリン奏者をしていたこと、ロイヤル・オペラハウスの教育部長になり、様々なアートフォームの団体と仕事をしてきたこと。そして現在は音楽ワークショップをイギリスや日本、そして世界各地の企業向けに実施し、「音楽を通じて世界をみる」活動をしていることを紹介しました。
 
続いて、事前にGAの学生向けに行われた講義(箕口講師)の内容を参加者全員でシェアしました。発言を求められた学生にやや戸惑いが走ると、スペンサー氏は「音楽は記憶に関するアート。皆さんの記憶力に期待します」と冗談めかして発破をかけました。学生からは「音楽教育は聴く行為の掘り下げ方を教えてこなかったので、表層的な触れ方で終わってしまうという課題」や「音楽の聴き方の歴史が変化している。コンサートホールからLP、レコードへ、CDへ、ストリーミングへと移行し、音楽はコモディティになった」といった点が共有されました。
 
では、音楽の聴き方、”聴くことを掘り下げる”とはどんなことを指すのでしょうか?スペンサー氏は”Think differently, listen differently”と示唆します。例えば、音楽は一般に「リズム、メロディ、ハーモニー」の3要素でできているといわれますが、それで音楽を定義すると尺八は音楽ではないことになってしまいます。音楽に対して、ダイナミクス、サイレンス、テクスチュアといった視点を掲げることもできるのではないだろうか、と氏は語ります。

 
 

 
 

実際のワークショップ体験に移る前にスペンサー氏から、大人と子どもに向けたワークショップを考える際にポイントとなる3つの視点が紹介されました。
 
①どのように学ぶか(認識論)・・・どのように対象にアプローチするかを考える
②実践的な知(フロネシスphronesis)・・・実際に取り組むことで身体的に得られる学び
③集団的学習(社会構成主義)・・・集団で学ぶとより多角的で深い学びが得られる
 
参加者は、これら3つの視点を意識してワークショップに取り組みます。今回体験するワークショップは2016年11月22日、森美術館と日本フィルハーモニー交響楽団のコラボレーションによる音楽ワークショップシリーズ「EYES & EARS」の第1弾、「宙(そら)・時+音Space-Time and Sound」として実施されたものです。この展覧会は音楽と美術の両方を展示したもので、人間がどのように宇宙をとらえてきたかを描こうとするものでした。ワークショップの目的は①様々な角度から対象を理解すること、②音作りを通じて他者と協力すること、とスペンサー氏は指摘します。
 
ワークの導入として作曲家 湯浅譲二(1929-)の言葉が引用されました。「私はそもそも、音楽は作曲者のコスモロジー、広義の世界観の換喩、あるいはそれを反映するものとしてあると思っている」。こうした音楽と宇宙の相似を背景に、このワークショップでは時間・空間・四次元の世界を掘り下げたい、と氏は語ります。また、詩人エミリー・ディキンソン(1830-1886)の詩”The Brain is wider than the Sky”を引用し、宇宙への想像力を喚起。宇宙は空気がないので音を聞くことができないが、データを音にして聴くことができる・・・と重力波を音に変換した音声ファイルを紹介すると、参加者は宇宙の脈拍のような神秘的な音に聞き入っていました。
 
そして参加者は6つのグループに分けられ、各グループには万有引力の法則、超ひも理論、惑星の運行・・といった天文学にもとづくコンセプトが与えられます。展覧会に出展された作品を手がかりにそれらのコンセプトを音楽化し、6つ合わせて”音の銀河”を作るのです。作品の紹介映像が納められたノートパソコン、作品が基づいている天文学の理論に関する資料、そしてコンセプトに沿って選択された楽器が各グループに与えられました。
 
すると突然、スペンサー氏はマラカスを逆さに持ってくるくると回し始めます。シャリシャリシャリ・・・というかすかで神秘的な音を響かせ、”宇宙に満ちている粒子”に対する意識付けを促します。ややキョトンとする参加者を尻目に、氏は数人にマラカスを手渡し、休憩中も必ず誰かがこれを鳴らしていてください、とリクエストしました。休憩中にこの意図を尋ねると、「長時間にわたるワークでも意識を切らさず、また参加者同士にコミュニケーションを生み出すための工夫」と氏は筆者に語ってくれました。

 
 

 

 
 

グループワークには、60分と少々長めの時間が与えられました。数式や見慣れない専門用語の頻出にやや面食らいながら、参加者は額をつき合わせてディスカッションを始めます。スペンサー氏はグループを回って様子をのぞき、「音のテクスチャーはどうなっていますか?」「いい音の出方を探りましょう。持ち方を変えてみたらどうですか?」とヒントを言い残していきます。「私の話はあくまでアイディア。すべてみなさん次第ですよ」とも。
 
5分の休憩を挟んで全体でのワークに戻ります。与えられた楽器の中から、「1」「2」と番号が付けられたトーンチャイムだけを使うようアナウンスがあり、スペンサー氏の合図に従って鳴らしていきます。円を描くように座った各グループは、端から時計回り、反時計回り、1と2、1だけ、2だけ、対角線で、と様々な組み合わせでトーンチャイムの響きを聴いていきます。スペンサー氏のヒントに沿ってじっと耳を傾けると、トーンチャイムは半音や全音、三度音階といった規則性をもって並んでいることが分かります。ここで短く、湯浅譲二の作品《始源への眼差Ⅲ》が紹介されました。複数のセクションが自律的に運動し、その集合が銀河を形成する、という作曲者のコンセプトが説明されます。

 
 

いよいよ全体でのセッションです。各グループが作った音楽を、一定のルールに基づいて演奏していきます。「3つ以上のグループが同時に演奏してはいけない」「2つのブラックホールができた後、静まっていく」。半信半疑の手探り、そして互いの様子を伺う緊張感のもと、参加者による”音の銀河”が生成し、運動します。時間の感覚が日常と切り離され、どれくらいの時間が経ったか分からなくなる頃、音の銀河は氏の合図によってだんだんと小さくなり、消えていきました。
「音はどうなっていましたか?」「どのように演奏しましたか?」「沈黙はありましたか?」といった様々な問いかけに対して、参加者は「3つ以上が同時に奏してはいけない、というルールがあったが、演奏しているグループが3つより少なくなることがなかった。」「他のグループの様子を伺う。他者に応じて自分の動きを決めていた」と記憶を頼りに自分たち自身を分析していきました。
 
そして湯浅の作品を聴いてみます。「共通点や違いは?」との問いかけに、「テクスチャーは薄く始まって、濃くなって、薄くなって終わること」「濃いところは速くなること」・・・と積極的に意見が出されます。それを受けてスペンサー氏は「宇宙や天文学はとても複雑な題材。我々だけでなく科学者にとっても難しい内容」「湯浅の作品における半音階的な書法や時空の捉えかたに注意を向けられたのではないか」「音楽は人を笑顔にするだけではなくて、協働させる。そうした音楽の側面にも目を向けたい」など、まとめの視点を提供しました。

 
 

 
 

リフレクション&ディスカッション
 
最後に箕口講師のリードでラップアップの機会が持たれました。時系列を順に遡っていくなかで、参加者からは湯浅の作品に対して「自分たちがやったことと似ているな、と思った」「ここにない楽器があるが、それは何だろうと思った」「宇宙っぽい音とは難だろうと思った。共有されている”宇宙”イメージはどこから来るのだろう」「セクションが自律的に動いて絡み合っていく様子が聴こえた」という発見がシェアされました。また、自分のグループや他のグループの行動、全体のサウンドに対して、”アンテナ”が増えていたことへの気付きも述べられました。
 
箕口講師は「GAはアートを保存し、理解し、記録する学科」と改めて指摘した上で、将来展覧会やコンサートを企画する学生にとって、ワークショップ等を通じて”場に没入する”経験の重要性を強調。またスペンサー氏は、音楽を聴く際に”瞬間性におぼれる”問題点を指摘しました。音楽がどこから始まり、どう動いていて、どう変化していくのか。音楽はその関わりの中で存在することに注意を向けたいとスペンサー氏。特に湯浅のような現代作品は”丸腰”で接すると拒否反応を起こしがちだが、こうしたワークショップを通じると聞こえかたが違うはずと指摘しました。
 
解散後も参加者有志で交流会が持たれ、各自の問題意識に沿った質問やディスカッションがかわされ、活発な意見交換が行われました。

 

文=鉢村優

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