In Depth

Report
文=石井紗和子

「三角測量」というプロセスの先に
- 東京藝術大学+ホーチミン市美術大学共同プロジェクトを終えて

 

 

2017年秋から2018年春にかけて、ベトナムのホーチミン市美術大学との交流プロジェクトを行うことになった。とはいえ、プログラムに明確な目標があったわけではなかった。当初から決まっていたのは、10月にホーチミン市美術大学から教員と2人の学生が東京へやって来ること、彼女たちと共に長崎県の五島を訪れること、11月には東京藝術大学の学生と教員がホーチミンを訪問することだけだった。

 

10月の中旬ごろ、ホーチミン市美術大学の教員であるウィン・タン・チャン氏と2人の学生(グエン・ホアン・イェン、チュン・ボイ・ノック)が日本に到着した。プロジェクトに参加することになった大学院国際芸術創造研究科と音楽学部音楽環境創造科の学生と教員が彼女たちを出迎え、数日後に東京藝術大学で簡単なワークショップを行った。しかし、ワークショップは自己紹介が中心で、五島の研修旅行で何をするかということや、それをどうアウトプットするかについて具体的な話し合いは行われなかった。後から分かることだが、それも〈あえて〉のことであった。

 

2日後、ワークショップに参加したメンバーに、本プログラムのゲストアーティストとして招かれたジェームズ・ジャック氏を交えて、長崎県の五島列島の中で最も面積の広い福江島を訪れた(10月25〜28日)。

 

ベトナム側のメンバーの東京滞在と日本側のメンバーのホーチミン滞在の合間に五島列島でフィールドワークを行うことになったのは、そこが歴史的に外国と日本を繋ぐ海上交通の要衝地であり、したがって文化の中継地でもあったことが関係している。日本の最西端に位置する五島列島は、飛鳥時代から平安時代にかけて遣唐使の寄泊地として、また長い間海外貿易における寄港地として発展し、人やモノが盛んに出入りした。江戸時代の禁教令下では多くのキリスト教徒が五島で潜伏生活を送り、西洋発祥のキリスト教と東洋発祥の仏教を掛け合わせた独特の宗教も生み出した。さらにこの島は、ベトナム戦争期にベトナムを逃れてきた人々が漂流した末に行き着く場所の一つでもあった。

 

福江島では、最小限訪ねる場所や人に見当をつけたことを除き、あらかじめ決まっていたスケジュールはほとんどなかった。しかし、旅とは面白いもので、一箇所訪ねるとまた一箇所、そしてまた一箇所と行くべき先が決まっていき、一人訪ねるとまた一人、そしてまた一人と、現地の人との繋がりができていった。私たちは日ごとに予定を立て、アートと関わりのある場所や人のもとを芋づる方式に辿っていった。このプロセスを経た結果、アートを介した人々のネットワークが福江島の中にあるということを新たに発見できたのだった。

 

 


藝術と生活 itonami

 


ねこたまcafe

 


MAYA FACTORY

 

 

それから間もなく、ベトナムのホーチミン(11月12〜18日)へ赴いた。ホーチミンの中心部は沢山のオートバイが絶えず行き交う街で、その騒がしさは日本の一部である五島よりも東京との共通項が多いように感じられた。一方、中心部を離れて川沿いへ向かうと、そこでは静かでゆったりとした時間が流れていた。小さなボートで川を渡りながら感じたそのような時間の感覚は、東京よりも自然に囲まれた福江島での生活との親和性が強かった。

 

 


ホーチミン

 


ホーチミン

 


五島

 


五島

 

 

五島列島の福江島へ行く際も、長崎港から船に乗った。川や海の流れと共に移動する行為は、ベトナム戦争期の漂流民や、禁教の時代に長崎から逃れてきたキリスト教徒の軌跡を辿るようでもあった。また、辿り着く先を予測せず日ごとの出会いや発見に感覚を研ぎ澄ます行為は、私たちが旅の中で踏んだ主要なプロセスでもあった。

 

 


五島で見つけたマリア像

 


ホーチミンで見つけたマリア像

 

 

そのようなプロセスの延長線上に位置付けられたのが、2018年3月27日から30日にかけて東京藝術大学上野キャンパスで開催された展覧会『Triangulation: Tokyo / Goto / Ho Chi Minh三角測量-トーキョー・ゴトー・ホーチミン』であった。三角測量とは、ある一地点の位置を、その地点を一頂点とした三角形の他の頂点をなす二つの地点との関係性から導きだす測量方法である。今回このようなタイトルを展覧会に付けたのは、東京とホーチミン、そして中継地としての五島列島を三角形の各頂点に据え、その三地点における歴史や個人的な経験を共有することで、二国間、二都市間、二大学間など単なる二元論に還元されない関係性や交流の可能性を議論する場としての展覧会の開催を意図したからだ。

 

『三角測量』展は、大きく二つの形式で展開された。ひとつは、本プロジェクトの参加メンバーによる成果展示とライブパフォーマンスである。各々、個々のレンズを通して捉えた東京・五島・ホーチミンの関係性を「作品」に落とし込み、展示を行った。「線」「色」「美」「場・空間」「境界」「歴史」「宗教」「アートスペース」「音・音楽」など個々の関心に応じた多様な切り口で、人や動植物、それらを取り巻く環境にまで目を向けた東京・五島・ホーチミンのあらゆる関係性が提示された。またもう一つの成果物として展覧会と同タイトルのカタログも展示と合わせて発行され、配布された。

 

もうひとつは、展示期間中に行われたギャラリートークやアーティストトークである。ギャラリートークは、一連のプロジェクトを改めて見直し、印象に残った部分について互いに共有する場となった。アーティストトークでは、ホーチミン市美術大学の学生たちの作品を前に、その作品制作の背景や過程について再び来日した本人たちから話を聞いたが、それは彼女たちの目に映った東京や五島について直接知る機会であった。

 

 


展示会場

 


ギャラリートークの様子

 

 

交流するということや、そこから紡がれる関係性には、常に明確なゴールがあるとは限らない。むしろ、そこに最終的な到達点を設定すべきではないのかもしれない。「継続されること」を交流という行為が目指すとき、共有されるべきなのはプロセスなのではないだろうか。今回のプロジェクトに関して言えば、旅のスケジュールや最終的なアウトプットの内容を設定しすぎず柔軟かつ流動的に行動したことや、三角測量という手法を再現したことがこの「プロセス」にあたるだろう。

 

本プロジェクト終了後も、学生同士の関係は途切れることなく続いていく。共有されていくプロセスの先にある、今は予測できない(あるいは、あえて予測しない)地点への到達に胸を弾ませながら、今後もホーチミン市美術大学の学生たちとの友好関係を築いていきたい。

 

 

 

文=石井紗和子(国際芸術創造研究科 修士課程)

 


 

 

『The Tide of Living』
歌・詞曲:石井紗和子
ベトナム語詞・朗読:Tran Thi Kieu Oanh / Nguyen Hoang Yen
(ベトナムの学生たちとの協働制作)