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Special Lecture Report
鉢村優

特別講義:グローバル時代の芸術文化概論
マイケル・スペンサー
「Sound Thinking: 音楽から世界を見てみたら」
ワークショップレポート part2

東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科主催レクチャー

2017年10月10日開催
会場=東京藝術大学 千住キャンパス 第7ホール

GA1年生必修科目「グローバル時代の芸術文化概論」にて、ヴァイオリニスト(元ロンドン交響楽団)であり、エデュケーター、ファシリテーターのマイケル・スペンサー氏をお招きして、特別ワークショップ型授業「Sound Thinking: 音楽から世界を見てみたら」が開催されました。

 

PART 2: 教育プログラムとしての音楽ワークショップとラウンドテーブル
日時:2017年10月10日(火) 13:00〜17:30
場所:東京藝術大学 千住キャンパス 第7ホール
*授業は英語(逐次通訳有り)で行われた

 
 

8日に出会った面々と挨拶を交わしながら、三々五々参加者が集まってきます。開始時刻になると、スペンサー氏は開口一番「歌を歌いましょう!」と円になるよう促します。氏は聞きなれない言葉とリズムで朗々と歌いだし、「もう覚えたよね」と尋ねます。たじろぐ参加者に氏は「音楽は記憶のアート」と語りかけ、一節ずつ歌を繰り返します。参加者は懸命に記憶をたどり、やがて輪唱の渦に飲み込まれていきます。氏の合図で輪唱を終えると、これはアフリカのピグミー(バカ族)の歌であることが明かされました。バカ族は木々に反響する歌声を楽しみながら歌い、このワークはその疑似体験だったのです。

 
 

 
 

席に戻り、氏の自己紹介を聞きます。ヴァイオリニストとして出発し、複数の芸術団体の教育部門で活躍する中で「社会における芸術のあり方」を考えてきたとスペンサー氏。そして早速、8日に実施したワークショップPART1の内容をシェアすることから始めました。森美術館で開催された『宇宙と芸術』展に寄せて、天文学の理論を音楽で表現したこと。音とイメージをつなげることで展示をより深く見ることを目指した、大人向けのチャレンジングなワークショップであったことなどが共有されました。「でも今日は子供向けですよ」といたずらっぽく氏が話すと、会場にはややほっとした笑いが広がりました。
 
そして実際のワークショップに移る前に、「アートとは何か?」という問いが投げかけられました。めいめいがポストイットに記入し貼り出した“アート観”に対して、氏は鋭く指摘します。「皆さんが書いた愛や倫理といった事柄は非常に曖昧なもの。アートワールドの外にいる人々や、ビジネスマンに対しては説明できません」「皆さんが書いたことは間違っていません。けれど、こうした見方は18世紀に語られていたことと変わらないのです」「私たちがいる21世紀の文脈では、芸術はスポーツやインターネットメディアと競合関係にあります・・・我々はこうした状況に立って、芸術や音楽の価値を表明(advocate)していかなければならないのです。」代弁者となって音楽の役割を語ること。これが、ワークショップをしている理由なのだと氏は力強く語ります。そして「画一的な価値観の押し付けではなく、様々な見方が可能になることを目指している」とも。「鑑賞する側の視点だけで音楽を語るのは限界がある。感情の面から説明すると、共有できない人はそこから先に進めなくなってしまう。つまり、見方の違う人を包摂できないのです。鑑賞からの一方通行の視点ではなくて、逆に、曲がどう作られているのか、プロセスや機能に注目して取り組むことがポイント」だと語りました。

 
 

真剣なまなざしで聞き入る場の空気を破るように、氏は高らかに「さあワークショップをしよう!」と呼びかけます。参加者を10人ずつのグループにわけ、ある旋律を紹介。これを全員が楽器で弾けるようにして下さい、とリクエストします。始まりはド#、というヒントも。グループごとに割り振られた楽器を囲んで座り、試行錯誤が始まります。
 
各グループの発表を聴き、氏は様々な質問を通して、個々の演奏に対する聴き手の解像度を上げていきます。最後のほうで「音はいくつありますか?」と尋ね、この旋律が5音音階で成り立っていることを指摘。最初から「これが5音音階だ」と教えるのではなく、自らやってみる中で気付く手法の説得力を実感させました。

 
 

続いて、この5音でオリジナルの音楽を作るようリクエスト。テーマは「ゆったりと歩くゴージャスなお姫様にぴったりの音楽」、そして「ファ#ド#レ#で始まるように」と付け加えました。5分間と時間のグループワークの間に氏は手際よくグループを回り、アドバイスやヒントを残していきます。
 
各グループが発表し、再び質問を通じて分析的に聴取を深めていきます。氏は「全部を覚えている必要はないが、“何が起こったか”は覚えていないと何もなくなってしまう」と指摘。そして演奏を聴き手が分析していくプロセスの重要性を説きました。各グループの音楽を分析的に聴く中で、構造はほとんど同じであることが明らかになります。では何が違うかというと、音楽のテクスチャーやスピードであり、音楽を聴くときに私たちがしているのは、このように違いを聴くことであると氏は説明しました。続いて「この音楽を使って、贅沢なお風呂に入っているような音楽にできますか?」とリクエストが出されました。

 
 

 
 

休憩時間をはさんで、氏は突然おとぎ話を始めます。「昔々、あるところに美しいお姫様がいました。呪いをかけられて醜くなったレドロネット姫。小人のパゴダたちはお姫様が大好きで、一緒に暮らしています。そこに緑の蛇がいて、蛇とお姫様は結婚します。パゴダはお姫様のためにお風呂を準備してあげるのです・・・」「パゴダはお風呂を磨き、薔薇をまいて姫を迎え、姫の入浴の後には掃除をします。最後にやったあ、終わった!と4回歓声を上げます」とスペンサー氏。
 
グループワークを経て、各グループが発表。その演奏に対して、再び質問と応答が重ねられます。「どの楽器から始まったか」「スピードはどのように変化していたか」「拍子の違いは?」「場面のつなぎ目で何が起こっていたか」、こうした質問によって聴取体験を深めていく(listen down)ことができると氏は語ります。

 
 

そして、すべての演奏と振り返りが終わったところで「曲を聴いてみよう」と提案。氏が「これはもともと4手のために書かれたピアノ作品で・・・」と語り、ホールの隅に置かれていたピアノに2人の奏者が素早く着席。ピアノを通して、音の物語が活き活きと立ち現れます。聴き終わると氏は「お話の進行と音楽がグラフィックにつながっていることが聴こえたでしょう?」と語りかけ、今回のワークショップがラヴェルの『マ・メール・ロワ』の1曲「レデロネット」をテーマにしていたことを明かしました。“オーケストラの魔術師”と呼ばれたラヴェルの管弦楽法の巧みさにも触れ、オーケストラ版の同曲を映像で紹介しました。

 
 

氏はここで再び、冒頭で参加者が書いた「アートとは何か?」のポストイットに目を向けます。「アートには、ここに掲げられたような要素がもちろんある。けれど今回のようなワークを通じて、もっと多角的に、手ごたえを持って掘り下げることができたのではないか」と述べました。氏は「音楽ワークショップは音楽を学ぶだけではありません」と語り、心理学者ヴィゴツキーの“社会的実践”の議論を引用しながら説明します。「グループワークにおいて参加者は互いに交渉を始めます。自分のしたいことをすべて実現できるわけではないからです。それは音楽が具体的な題材として中心にあるからこそできる、パワフルな経験です」とスペンサー氏は語りました。

 
 

 
 

ラップアップと振り返り
 
締めくくりに、円になって一人ひとり振り返りをシェアしました。「この作品はスコアを見たこともあるのに、曲の仕組みや背景に思い至らなかった。楽譜を見る以外の学び方がある」「他の授業では参加している実感がなかったが、今回は自分自身のコミットメントを実感した」「音楽ワークショップでは楽器を弾けないことに引け目を感じがちだったが、今日は音を作り出す一員になれたのが嬉しい」といった声がある中で、「グループ内で音楽に詳しい人、声の大きい人の意見ばかりが通ってしまうのではないかと思った。そうした状況にはどう対応するのか」という質問も。スペンサー氏は「その人の発言を弱めるのではなく、他の人の意見を強くする。そしてそれらの意見をうまくアレンジ・再配置することでポジティブな方向に運んでいく」とファシリテーションの要諦を語りました。
 
また「ワークショップの最後に、題材となっていた作品を聞かせるのが興味深い。この“オチ”に対して、いつもどんな反応が返ってくるのか」との問いかけには、「参加者同士でこそこそっと話し始めたり、明らかに目が変わる。それを改まって尋ねると“楽しかったです”といった決まり文句が帰ってきがちだが、彼らの様子をつぶさに見ていると手ごたえを感じる」と応えました。
 
この後も各自の専門や立場にひきつけた様々な気付きがシェアされ、箕口教授は「ワークショップは身体性を実感する試み。今日感じたいくつもの気付きこそ身体性であり、それを手中にしっかりと収めるために明朝までに必ず振り返りをしてほしい」と促しました。

 

文=鉢村優

写真=中川周

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