In Depth

Special Lecture
特別講義

小勝禮子
「『アジアをつなぐ──境界を生きる女たち 1984-2012』展の
総括と反響、その後」

2017/07/14

2017年6月23日開催
会場=東京藝術大学 上野キャンパス 住友研究室

国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻では、住友文彦准教授による「アートプロデュース概論」のゲスト講師として、元・栃木県立美術館学芸課長で近現代美術史・美術批評がご専門の小勝禮子氏をお迎えして、「『アジアをつなぐ──境界を生きる女たち 1984-2012』展の総括と反響、その後」と題し、およそ2時間半にわたる特別講義を行っていただきました。
1984年より2016年度まで、同館在籍中には、女性アーティストを精力的に取り上げ再検証する意欲的な展覧会を多数企画なさってきた小勝氏。今回の講義のテーマとなった展覧会は、福岡アジア美術館、沖縄県立博物館・美術館、三重県立美術館、そして栃木県立美術館の共同企画展。2012年から翌13年にかけこれらの館を巡回し、インド、パキスタン、バングラデシュ、中国、フィリピン、シンガポール、台湾、韓国、日本など、アジア16ヶ国・地域の50人のアーティストの作品約111件204点を展覧。1980年代以降に制作された、絵画、彫刻、インスタレーション、映像、パフォーマンスなど多彩な作品が出品され、女性たちが身体、社会、歴史などに寄せる、多岐にわたる関心の有りようや、その表現の多様性、時代的な変化を概観し、アジアの女性アーティストにフォーカスを絞った日本初の大規模な展覧会となりました。
講義は、まず、本展開催の経緯についてのお話から始まりました。開催に至った背景のひとつには、「これまで長らく『見えないもの』とされてきた、日本の女性アーティストの活動を可視化する」という、栃木県立美術館、そして小勝氏自身の、継続的な活動がありました。「揺れる女/揺らぐイメージ─フェミニズムの誕生から現代まで」展(1997)、「奔(はし)る女たち-女性画家の戦前・戦後1930-1950年代」展(2001)、そして「前衛の女性 1950-1975」展(2005)─小勝氏が企画なさったこれら、先行する3つの展覧会が、パワーポイント・スライドと語りによって紹介されました。同時に、とくに90年代以降の日本の美術史やアートシーンにおける、フェミニズムやジェンダーの思想・視点を取り入れた論考や展覧会の事例も紹介されました。さらに、開催経緯のもうひとつの背景として、1999年の開館以来、アジア美術の紹介を基本方針に据えた日本で唯一の専門美術館として活動してきた、福岡アジア美術館のコレクションと資料の蓄積も挙げられました。
次に、「第1章 女性の身体-繁殖・増殖、魅惑と暴力の場」「第2章[1] 女性と社会-女性/男性の役割、女同士の絆」「第2章[2] 女性と社会-ディアスポラ、周縁化された人々」「第3章 女性と歴史-戦争、暴力、死、記憶」「第4章 女性の技法、素材-「美術」の周縁」「第5章 女性の生活-ひとりからの出発」という、5章に分けた展覧会構成に沿って、林天苗(中国)、イー・スギョン(韓国)、アラフマヤーニ(インドネシア)、ユン・ソクナム(韓国)、ナリニ・マラニ(インド)、塩田千春(日本)、山城知佳子(日本)、アルマ・キント(フィリピン)、シルパ・グプタ(インド)をはじめ、多数の出品作家の作品が紹介されました。21世紀の今日、アジア出身の数多くの女性アーティストたちが活躍し、世界的な注目を集めています。しかし、国際社会の関心が女性の表現やアジアの芸術に向くようになったのは、比較的最近のこと。「アジア」「女性」という、ある意味では、「二重のマイノリティ性」を負いつつ、これを逆手に取って「しなやかに制作をしてきた」アーティストたちの作品が奏でる「多声合唱(ポリフォニー)」の魅力を届けることが、企画段階から重視されていた、と小勝氏は語ります。
「アジアをつなぐ─境界を生きる女たち Women In-Between: Asian Women Artists 1984−2012」とタイトルにあるように、「ひとつの固定された価値や態度に安住するのではなく、地理的・心理的・社会的境界線上に立ち、民族、宗教、国境、セクシュアリティなど、さまざまな対立する領域・境界において、マイノリティの側に軸足を置いていることを意識しているか、あるいは、無意識であってもその立場を選び取っている作家」を重点的に選んでいったとのこと。
「女性というマイノリティの側の存在であることによって、彼女たちは『中心』ではなく『狭間』に立ちつつ、さまざまな対立を仲介する役割を果たしているのではないでしょうか」。
「アジアの女性たちは決して沈黙しているのではなく、また、密やかな声ばかり発しているわけでもありません。彼女たちのさまざまな声を、できるだけ多くの人に聴き取ってもらいたいと願う企画でした。それは、もとより、一元的な『女性性』の本質論に回帰するようなものではなく、むしろ、『女性性』の多様性を照らし出すよう企図されたものでした」。
講義の終盤では、メディアに掲載された本展のレビュー記事や反響、そして近年、国内外で開催されている、主要な女性アーティスト展やアジア美術展の具体例を辿りつつ、学生との間でさまざまなディスカッションがなされました。
「欧米でも、フェミニズムの思想に根ざした美術展覧会の数は決して多いとは言えません。1970年代にはフェミニズムのいわば第一世代の作家によるアートが盛り上がりましたが、たとえば、2000年代に入って、『WACK!: Art and Feminist Revolution』展(2007-08、ロサンジェルス現代美術館、PS1コンテンポラリー・アート・センター[ニューヨーク])や、フェミニズム美術史家の草分けのひとり、リンダ・ノックリンらが企画に関わった『Global Feminisms』展(2007、ブルックリン・ミュージアム[ニューヨーク])などが開催されたのは、久々の画期的な出来事でした」。
「アジアのアートシーンの最先端は、いまやおそらく、シンガポール、香港、中国大陸にあると言えるでしょう。日本は決して上位に位置しているわけではない。かつて日本がアジアの国々を植民地化し支配していた歴史は確かに存在しますが、なんらかの上下関係が固定して存在しているわけではなく、日本は決して『上から下にアジアを見る』位置にいるわけでもありません。むしろ美術だけではなく、政治・経済・社会など多くの面において遅れを取っています」。
「現在のリサーチ・テーマは、アジアの女性アーティストたちの基本的なデータベースをつくることです。たいへんな作業になりますが、真摯に取り組んでいきたいと思います」。

文=川出絵里[東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教]

Profile
小勝禮子 Reiko KOKATSU

キュレーター、美術史家、美術批評家。1955年埼玉県生まれ。早稲田大学文学研究科芸術学専攻博士前期課程修了(美術史)。1984年より栃木県立美術館学芸員、2008年より16年まで同館学芸課長。専門は近現代美術史、ジェンダー論、博物館学。主な展覧会企画に、「死にいたる美術―メメントモリ」展(栃木県立美術館、町田市立国際版画美術館、1994)、「揺れる女/揺らぐイメージ」展(栃木県立美術館、1997)、「メディテーション 真昼の瞑想 90年代の日本の美術」(同前、1999)、「奔る女たち-女性画家の戦前・戦後1930-1950年代」展(同前、2001)、「前衛の女性 1950-1975」展(同前、2005)、「戦後70年:もうひとつの1940年代美術」展(同前、2015)など。共著に、『記憶の網目をたぐる―アートとジェンダーをめぐる対話』(香川檀との共著、2007、彩樹社)、『アジアの女性身体はいかに描かれたか』(北原恵編、2013、青弓社)など。