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Special Concert Report

特別演奏会
「BACH CONCERT:MUSIC×TYPOGRAPHY
バッハ・コンサート:音楽×タイポグラフィ」
パート1

 
2016年11月23日開催
会場=東京藝術大学 上野キャンパス 音楽学部内第2ホール

クラシック音楽が持つ大きな魅力のひとつに、その「構造」の美しさがある。小さなモチーフが積み上がり、展開されていくことで構築される、全体の複雑な構造を把握することこそが、クラシック音楽を聴く醍醐味のひとつであるとされている。しかし、そのような構造は、ともすれば、音楽的な知識が必要とされる「楽譜を読む」という行為をとおしてしか、理解しえないものでもあるとされてきた。
今回企画した「音楽×タイポグラフィ:バッハ・コンサート」 は、とくにその構造が美しいとされているJ.S.バッハの音楽を中心としたクラシック音楽の構造的魅力を、タイポグラフィという手法によって「可視化」する試みだった。クラシック音楽コンサートの制作を専攻する東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻の学生と、タイポグラフィ雑誌『MOZ』の制作を手がける同大学院美術研究科デザイン専攻の学生とのコラボレーションによって制作された。
本記事では、写真と映像を交えながら、そのコラボレーションの過程、演出手法、楽曲と映像の構造、運営を行った学生のコメントなどにより、この試みをアーカイヴし、その持ちうる意味について振り返ってみたい。


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楽曲と映像の詳細に入る前に、本コンサートの制作の過程と会場の演出について、簡単に述べておく。

制作過程
音楽とデザイン、いかに両者の構造を密接に結び付け、わかりやすい形で提示できるか。コラボレーションの過程においては、互いの言語を翻訳して説明し合い、対等な立場でその間をすり合わせながら、アイディアを模索し、技術的な困難を解決していった。その結果、各曲が持つ構造・曲調・背景と密接に結び付いた映像が完成した。各楽曲と映像の詳しい構造については、後ほど詳述する。

会場構成
音楽・デザイン・映像による領域横断的なコンサートを目指したため、空間の演出方法にも工夫を施した。ステージにいる演奏者と客席にいる観客が前後にはっきりと分かれるような、通常のクラシックのコンサートの空間配置とは異なり、今回は、観客を中心にスクリーンを3面に配置し、演奏者は曲ごとに3か所のステージを移動するような空間配置を取った。会場の前と後ろを確定させない配置により、観客がスクリーンと演奏者のどちらに注意を向けてもよいような場を成立させた。


プログラム
J. S. Bach 《音楽の捧げもの BWV 1079》より
《Canon a 2 cancrizans(Crab Canon)》
《Canon a 2 per Motum contrarium(Mirror Canon)》
《Canon a 2 Quaerendo invenietis(Mirror Canon)》

Special Concert : BACH CONCERT - MUSIC×TYPOGRAPHY
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プロイセン王、フリードリヒ大王から短いメロディー(通称「王の主題」)を与えられたバッハは、この主題を切って貼ってひっくり返し、16もの小曲を献呈した。今回の演奏会では、3曲を抜粋して演奏した。
1曲目、通称「蟹のカノン」は、ひとつのメロディーを、ヴァイオリンは最初から、フルートは終わりから、同時に演奏する。横歩きをする蟹のように、両者は途中ですれ違う。これを、映像ではアルファベットで書かれた文章で表現した。演奏と同時に、上下に割られたアルファベットが、一方は上半分から、もう一方は下半分から出る。最初は何を表しているのかわからないが、両側から姿を表す半分にカットされたアルファベットは途中で交差する。すると、完成した文字、そして文章がだんだんと出現してくるというわけだ。
2曲目と3曲目は「鏡のカノン」と呼ばれる。ヴァイオリンが上昇すれば、まるで鏡に映したかのようにヴィオラが下降する。この2曲では、文字を鏡写しに反転させることで表現した。音の長さや高低はそれぞれの文字をつなぐ線に落とし込んだ。
耳からたんに聞くだけではわからない「蟹」や「鏡」の秘密を、演奏と同時に再生されるタイポグラフィ映像が解き明かす役目を果たした。

F.Liszt 《バッハの名による幻想曲とフーガ S.260》
F.Poulenc 《バッハの名による即興ワルツ》

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F.リスト、F.プーランクは、大作曲家バッハへの敬意をこめ、曲中に彼の名を数多く忍ばせた曲を作曲した。それが、F.リスト《バッハの名による幻想曲とフーガ》、F.プーランク《バッハの名による即興ワルツ》である。この2曲にはタイトルからも想像できるように、曲のいたるところに”BACH”の名が隠されており、リストの作品にいたっては、その数は百を超える。幾度も登場するこの「BACH」を音だけではなく、視覚的にも感じてもらうため、映像にも「B-A-C-H」を散りばめることにした。“BACH”の名は、「シ♭-ラ-ド-シ」という音で曲の中で何度も出現するが、そのたびに演奏者の音に合わせて「B-A-C-H」の文字もスクリーン上にも現れる。リストの作品では、百を超える「BACH」の文字がまるで夜空のようにスクリーンに映し出され、曲が終わる頃にはリストの深い響きを表しているかのようだった。プーランクの作品では、「BACH」だけでなく、逆さまから演奏された「H-C-A-B」や、最後に隠された「B-A-C-H」の和音も視覚的に表現することにより、より意識的にバッハを感じられる映像となった。


J.S.Bach 《フーガの技法 BWV1080》より
《3つの主題による4声のフーガ(コントラプンクトゥス XIV)》

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最後の曲は、J.S.バッハ作曲《フーガの技法BWV1080》より、《3つの主題による4声のフーガ(コントラプンクトゥス XIV)》である。《フーガの技法》は、バッハがその卓越した作曲技法を駆使して創作した、さまざまな様式・技法による14曲のフーガと4曲のカノンからなる曲集。その最終曲となる本曲は、バッハの視力の低下により作曲が中断し、未完成のままこの世を去ったという経緯から、「未完のフーガ」とも呼ばれている。本曲は3つの主題(テーマ)を中心に展開していくが、その3つ目、最後の主題は、ミステリアスなことに、「シ♭ラドシ」、ドイツ音名で「BACH」となっている。
映像では、「BACH」という文字が、音楽の中でその音が出てくる箇所に合わせて、螺旋状に消えていくという仕掛けを施した。曲が終わりに近づくにつれて、「BACH」の文字が徐々に消滅していく。そして、すべての文字が消えて画面が真っ暗になったのち、楽曲は突如ぷつりと切れるような形で終焉を迎える。音が止まったあと、スクリーンにぼわっと現れるのは、以下のような文言である。

作曲者は、”BACH”の名に基づく新たな主題をこのフーガに挿入したところで死に至った。
Über dieser Fuge, wo der Nahme B A C H im Contrasubject angebracht worden, ist der Verfasser gestorben.

これは、実際にバッハの直筆譜にその息子C.P.E.バッハが書き込んだとされる文言である。消えゆく「BACH」の文字とこの楽曲が持つミステリアスな背景が密接に結び付いた演出により、観客の心に謎と哀惜を残しながら、本コンサートは終演していった。


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文=安藤悠希、石橋鼓太郎、古橋果林[東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻修士1年在籍]
写真=永井文仁