基調講演「ARTs×SDGsの可能性」レポート

2022年7月27日(水)

講師:日比野克彦(アーティスト、東京藝術大学学長)、国谷裕子(東京藝術大学理事、SDGs推進室長)、清宮陵一(NPO法人トッピングイースト理事長)

モデレーター:熊倉純子(東京藝術大学教授)

​​基調講演「ARTs×SDGsの可能性」では、ラウンドテーブルへの手がかりとして、はじめにSDGsの基本的な考え方について理解を深めるため、東京藝術大学でSDGs達成に向けた試みを推進する国谷理事、日比野学長が登壇し、SDGsの概要から藝大によるSDGsの取り組みについて講演を行いました。さらに、隅田川流域で文化活動を行うNPO法人トッピングイーストの清宮理事より、ディレクターを務めるラウンドテーブルの事業概要を説明しました。

SDGsの全般的な知識からはじまり、SDGsとアートの関係、そして「すみだ川アートラウンド」においてアートとSDGsをどう結びつけるのかという具体的な計画まで、徐々にフォーカスを絞っていくかたちで講演が行われました。

(1)国谷裕子(東京藝術大学理事・SDGs推進室長)「SDGsの概要レクチャー」

近年、高まる注目度に反して、SDGsを知っているようで知らず、しっかり勉強する機会を得られないまま過ごしている方も多いのではないでしょうか?

「ARTs×SDGsの可能性」を考えるにあたって、SDGsの普及啓発活動に精力的に取り組む国谷理事から、SDGs理解に重要なポイント説明がありました。

写真:中川周

 SDGs理解に重要なこと=危機感を持つこと

国際連合創設70周年にあたる2015年9月、193の加盟国が全会一致で2030年実現に向けて設定した17のゴールと169のターゲットからなるSDGs。

国谷理事は、SDGs推進の中心的人物 アミーナ・モハメッド現・国際連合副事務総長のエピソードを紹介しました。モハメッド副事務総長の故郷・ナイジェリアでは、気候変動・貧困・都市への移動・スラム化・希望の喪失という悪い連鎖が起こり、その結果、テロ組織の拡大により、300名近くの女子生徒が被害に遭うナイジェリア生徒拉致事件のような凶悪な事件が発生するに至ったそうです。

国谷理事は、SDGs理解に重要なことは、掲げてある多くの目標は自身には関係ないことではないとの危機感を持つことであると話しました。

 SDGs=人間がリスクを乗り越えて、次世代へ持続可能な社会を継承する際の指標

高度成長による大量生産・大量消費・大量廃棄の結果、人間が地球を作り変える力を持ってしまったばかりに、1万2000年以上安定しつづけていた地球の気温が急速に上昇を始めるなど、世界は、わずかこの70年のあいだに急激に変化しました。人間は自らを脅かすリスクを自らの手で生み出してしまったのです。私たち人間がこのリスクを乗り越え、次世代へ持続可能な社会を手渡すために指標となるのがSDGsです。

SDGsの大きな特徴=1つのターゲットの達成が他のターゲット達成にもつながる

国谷理事は、ゴール13「気候変動への緊急対策」を例に、SDGsの大きな特徴は、1つのターゲット達成が他のターゲット達成にもつながることであり、統合的な視野で17のゴールの解決策を模索していくことが重要だといいます。

世界では経済活動の活性化→二酸化炭素の排出→地球温暖化の加速→異常気象の発生という悪い連鎖がつづいています。これを打破するためにはまず毎年、二酸化炭素排出量を7〜8%近く減少させなければなりません。新型コロナウイルス感染症パンデミックによって経済活動が止まった2020年、二酸化炭素排出量は6〜7%近く減少しました。経済活動を止めずに、いかに毎年、2020年以上に二酸化炭素排出量を減少させていくのか。脱炭素社会の実現など持続可能な地球を目指して私たちは大きな変革を行わなければなりません。国谷理事は、この大きな変革を経てこそ、脱炭素社会の実現/循環型経済=サーキュラーエコノミーの実現/誰一人取り残さない社会の実現というSDGsがめざす世界が生まれると力強く語りました。 

アートとSDGsの関係性に期待を寄せて 

パンデミックやロシアによるウクライナ侵攻により、貧困や飢餓が悪化し、分断が進む現在から振り返ると、2015年にSDGsが国連の全加盟国の合意で成立したことは奇跡のようだという国谷理事。

SDGsに直接アートに関わるものは含まれていません。しかし、アートが有するエンパワメント、人々の夢や希望を育む力がSDGs達成に大きな役割を果たすのではないかと、アートとSDGsの関係に期待を寄せました。

(2)日比野克彦(東京藝術大学学長)「藝大によるSDGsの取り組み」

 国谷理事の力強いバトンを受け、日比野学長は、自らデザインした藝大SDGsロゴを端緒に、2021年に始動した東京藝術大学によるSDGsの取り組みを説明しました。

写真:中川周

SDGs実現に向けて、数値化できない芸術に託された役割

東京藝術大学は、2021年6月にSDGs推進室を設置し、2022年2月に藝大SDGsのロゴを発表しました。数値化できるもの/数値化できないもの、この2つのバランスによって成り立つ世界。日比野学長は、藝大SDGsのロゴを確認しながら、数値化されたSDGsの17のゴールとは異なり、17色が重なった数値化できない中心部にこそ芸術の役割があり、どれかひとつのゴールではなく、17のゴールすべての達成に芸術は必要であるといいます。

藝大がSDGs実現に取り組むこと=社会と結びつくチャンス

例えば「芸術って世の中の役に立っているの?」「芸術がなくても世の中は回るのでは?」という問いかけをされた時、藝大もまた他者にも伝わるように、エビデンスを示した説明責任を果たさなければならない時代となりました。社会との結びつきを意識せざるを得ない現在、藝大がSDGs実現に取り組むことは、変革のチャンスなのかもしれません。

藝大は「藝術は、ずっと前からSDGs」という印象的なフレーズからはじまる「東京藝術大学SDGsビジョン」を制定後、2021年夏、「SDGs×ARTs展 十七の的(まと)の素(もと)には芸術がある。」を開催しました。SDGs×ARTs展ではSDGsをテーマに新たに制作された作品ではなく、自身の現在の芸術活動がどのように人々に響き、その結果、17のゴール達成に結びつくかを想像して応募してくださいというユニークな呼びかけのもと集められた22件の作品やパネル等が展示されました。

講演ではSDGs×ARTs展の多彩な内容が紹介された後、SDGsに関する問いをキャンパス内の各所で掲示し、日常生活のなかでSDGsを考えるプロジェクト「SDGs Q」や消費期限の迫る防災備品食品を活用した学食メニューの提供、植樹プロジェクト「藝大ヘッジ」などの藝大の他の取り組みも紹介され、藝大SDGsの今後が楽しみとなる締めくくりとなりました。

(3)清宮陵一(NPO法人トッピングイースト理事長)「隅田川を取り巻く現状、ラウンドテーブル紹介」

隅田川流域で活動するNPO法人トッピングイーストの理事長を務める清宮ディレクターは、自身の活動を通して捉えた隅田川流域の現状、すみだ川アートラウンド ラウンドテーブルの概要説明を行いました。

写真:中川周

トッピングイーストとは?

清宮ディレクターは、レコード会社勤務を経て、地域のなかで音楽ができることを考え、実験と実践を繰り返すトッピングイーストを2014年に立ち上げました。トッピングイーストは、アーティスト 和田永さんを中心に使われなくなった家電を楽器に変え、パフォーミングを披露するプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」や、子どもたちが音楽やアートを親しむきっかけをつくりたいという思いからはじまり、ワークショップやフードパントリーも行う「子どもの居場所形成事業」など多彩な活動を行っています。昨年2021年には活動の集大成として、隅田川流域を舞台に東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の文化プログラム「Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13『隅田川怒涛』」の企画運営を行いました。

生産・流通・消費、3つのプログラム

清宮ディレクターは、イギリス・トッドモードンではじまった「Incredible Edible Todmorden」という事例を紹介しました。

トッドモードンでは孫世代の将来を憂いた高齢者世代が、食べられる野菜をしれっと空き地に植えたことがきっかけで、いつしか街全体で「食べるなら、あなたもメンバー」という標語が掲げられ、食べられる野菜を勝手に植えて、勝手に食べていい、街全体で食が循環していく仕組みが作られるようになりました。今ではこの仕組みが産業として街を支えているそうです。

「Incredible Edible Todmorden」のような仕組みを実践したいという清宮ディレクターは、初年度は、生産・流通・消費、3つのプログラムを各ジャンルの実践者や藝大・行政関係者とともに展開していくとラウンドテーブルの構想を話します。

 さらに10年以上、隅田川流域で活動してきた清宮ディレクターは、2022年の調査を取り上げ、隅田川流域の7区は、外国人の居住割合が都の平均よりも多いことを指摘します。この事実から外国人の方と協働しないことは考えられない、このプロジェクトでも海外から日本に来て、タフに生きている外国人の方に学んでいきたいと今後の展望を述べ、講演の幕を閉じました。

(レポーター:松本知珠)